「石とザアタルの地」書評 人間の尊厳かけて受け渡す言葉
ISBN: 9784774408873
発売⽇: 2026/07/13
サイズ: 12.8×18.8cm/248p
「石とザアタルの地」 [編]山本薫
ガザで、西岸地区で、イスラエル領内で、離散した各地で、パレスチナの作家たちは文学を書き続けてきた。本書では、8人の詩人と小説家が、時代や地域、さらには言語の違いも越えて、人間としての尊厳をかけ、悲しみや怒り、ときには皮肉な笑いをこめて、パレスチナをめぐる言葉を受け渡していく。
本書は詩で始まり、詩で締めくくられるが、2人の詩人の境遇と作風は大きく異なる。冒頭を飾るファドワ・トゥカーンは1917年にヨルダン川西岸地区に生まれ、イスラエルによるパレスチナ占領を目撃し、その苦しみを見据えながらも未来への希望をつづった。一方で、最後に登場する詩人スヘイル・ハンマードは、73年にヨルダンの難民キャンプで生まれ、幼少期にアメリカに渡り、イスラエルによる2008~09年のガザ攻撃を題材に、まがまがしい暴力が渦巻く様子を英語の口語詩に託した。
天災とは異なり、暴力にはそれを振るう者がいる。表題作に、リヤーナ・バドルはそのことを淡々と刻み込む。難民キャンプを空爆するイスラエル軍。難民キャンプで虐殺を行うキリスト教右派勢力。そして、暴力を前に傍観を決め込む者もいる。虐殺を前に静観する平和維持部隊、つまりは国際社会。
では、読者もまた、傍観者にすぎないのだろうか。
ガッサーン・カナファーニーの物語において、アメリカで生活するチャンスを前にしても、ガザに残ると語る主人公は、何に引き留められているのか。その問いに答えようとすることは、パレスチナ人であるというだけではなく、「人間であること」と直結している。
その問いは、僕のようにパレスチナについて無知な読者にも向けられているだろう。本書の言葉を読む者は、いかなる意味で「人間」でありうるのか、と。その問いに答えようとすることから、読者のなかの何かが変わり始めるのかもしれない。
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やまもと・かおる 慶応大准教授(アラビア語・アラブ文学)。訳書に『とるに足りない細部』、共訳書に『水脈を聴く男』。