1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. 「音のない理髪店」など言葉について考える3冊 岩井圭也が薦める文庫この新刊!

「音のない理髪店」など言葉について考える3冊 岩井圭也が薦める文庫この新刊!

  1. 『音のない理髪店』 一色さゆり著 講談社文庫 990円
  2. 『言葉を失ったあとで 増補版』 信田さよ子・上間陽子著 ちくま文庫 1210円
  3. 『歌われなかった海賊へ』 逢坂冬馬著 ハヤカワ文庫JA 1320円

    ◇

 人間は、言葉を使う生き物である。その言葉を容易に発することができない時、人はどのように意思を伝え、他者と関わっていくのか。ネット環境が発達した言語優位な時代、この問いの重みは増している。

 (1)は小説家である主人公が、祖父でろう者の理容師・五森正一とその周辺の人々が歩んできた道のりをたどる物語。徳島にある日本初のろう学校理髪科を卒業した正一は、幾多の辛酸を舐(な)めつつ、家族と支え合い、恩師や地域の人たちに励まされながら理容師として生き抜いた。その姿からは、言葉の大切さとともに、言葉があくまで道具の一つなのだということも思い知らされる。

 「人の話を聞く」ことを仕事にしてきた二人の対談を収録したのが(2)。性加害やDVなど、男性の(主に女性に対する)暴力性を主題として展開する対話に、目から数えきれないほどの鱗(うろこ)が落ちた。「語りだそうとするひとがいて、それを聞こうとするひとがいる場所は、やっぱり希望なのだと私は思う」というあとがきの言葉は力強い。

 (3)は言葉によって記憶を継承する物語。一九四四年、ナチ体制下のドイツで暮らす少年ヴェルナーは、体制に反抗する少年少女の集団「エーデルヴァイス海賊団」に加わる。新たに敷設された鉄路の先にあるものを目撃した彼は、「許せない」という感情を抱き、仲間たちとある計画を立てる。言葉は時に人を支配し、分断するが、人を鼓舞し、連帯させることもできる。すべては、言葉を使う者次第である。=朝日新聞2026年10月10日掲載