昨年のクリスマスイブとクリスマス、私は博多にいた。急逝された先輩作家・葉室麟さんのご葬儀のためである。久留米在住の葉室さんとは、京都に仕事場を置かれたのが縁で、年の離れた友人としてお付き合いさせて頂いた。それだけに大阪在住の作家・朝井まかてさんと同じホテルを取り、共にお通夜に伺っても、頭の中は信じられぬ思いで一杯だった。
お葬式の日、レストランに朝食に行くと、朝井さんがいらした。葉室さんの追想から話はやがて仕事のことに移り、「新聞の連載小説は終わった?」と問われた。「『落花』ですか。先月、終わりました」「えっ、『落花』って題なんだ。私も今、『落花狼藉(ろうぜき)』って長編の連載を始めたの」
朝井さんの『落花狼藉』は初期吉原が舞台。私の『落花』は平将門の乱が主題。お互い、「同じ落花でも内容は全く違うね」と言い合ったが、その三カ月後、ご遺志により出版社から届いた葉室さんの新刊に、私は目を疑った。その表紙には『雨と詩人と落花と』と記されていたからだ。
江戸期の学者兼詩人・広瀬旭荘を描く本作は、二〇一六年十月から九カ月間、雑誌連載されたもの。朝井さんと私が「落花」を書こうとしていた時、葉室さんもまた「落花」に取り組んでらしたとは。
本作の題は、友を訪ねた日の光景を謳(うた)った旭荘の詩の一節。客の有無を問う旭荘に、友は「雨と詩人と落花のみさ」と答えたという。詩人とは旭荘の意。信義に生きる人間を描き続けた葉室さんは、彼らの友情に強く惹(ひ)かれたのだろう。ああ、だがそれにしてもあと一年、時があれば。我々は己の「落花」を完成させ、お目にかけられたのに。きっと葉室さんは、「なんで同じ言葉を使うかなあ」と苦笑しつつも、偶然を面白がられたはずだ。
今春は晴天に恵まれ、陽光の中、桜の散る光景が長く見られた。だが私は、風に吹かれ、雨の如(ごと)く舞う落花に、人の誠を謳い続けた〈詩人〉を思い出さずにはいられない。そして「落花」の偶然をもう決して伝えられぬ事実に、涙にくれるのである。=朝日新聞2018年4月9日掲載
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