「一番がんなのは学芸員。連中を一掃しないと」。文化財観光と関連して、山本幸三地方創生相が放ったこんな発言が大きな波紋を呼び、すぐに撤回されたのは4月中旬。背景には古い建造物の利用のあり方をめぐる問題があったとされるが、山本大臣の発言に影響を与えたとされるのが、彼の知人のデービッド・アトキンソン氏だ。
『国宝消滅』は、文化財修復を手がける小西美術工藝社の社長アトキンソン氏が「文化財分野をコスト部門から投資対象に変貌(へんぼう)させるには、『観光』という視点が必要」と説いた一冊。
山本七平賞受賞の『新・観光立国論』(東洋経済新報社)を発展させ、日本が目指す「観光立国」の実現のために、強すぎる保護精神を改めるよう提案。国宝などの建造物を「『保存しなくてはいけない古い建物』ではなく、日本の文化を演出し、伝えてくれる場所」に変えていかなければならないと主張する。文化財を「文化を見学、体験する施設」に、そのためには文化財を扱う「学芸員の意識改革がもっとも求められていく」と熱っぽい。
存在だけで価値
だが、学芸員サイドも、アトキンソン氏が言うほど、手をこまねいていたわけではない。たとえば福岡市などでは、教育委員会に属していた文化財を担当する部署が、近年、相次いで観光文化局などに移っている。背景には、文化財を観光資源として有効活用しようとの企図がある。
文化財と観光は従来言われてきたような対立関係にはないと指摘するのは『文化財の価値を評価する』。世界遺産に登録された富山県五箇山の合掌造り集落や広島県の宮島、岐阜県高山市の重要伝統的建造物群保存地区などの例をあげながら、共存の構図へ変化しているとする。
文化財には、それがそこに存在しているだけで満足が得られるといった側面があるとの主張には目を開かされる。こうした文化財を訪れ利用する人が生み出す価値以外のものも含めて考えなければ、文化財の価値は把握できないという。
筆者はそれを知る手法としてCVM(仮想評価法)を使う。例えば高山の伝統的建造物群は控えめにみても全国で約800億円弱の価値があるという。
アンケートなどによると、高山を訪れる観光客は、古い建造物や町並みが残ることに感動し、そこに価値を見いだしている。であれば、私たちはその活用はもちろんだが、先人が残してきたものをいかに後世に伝えていくかという点に、今以上に心を砕く必要があるだろう。
このような職責を担っているのが、博物館の学芸員、あるいは学芸員の資格を持ちながら自治体に勤務する文化財担当職員たちだ。公開と保存を両立するため呻吟(しんぎん)する彼らに向けた言葉としては、大臣発言はやはり心ないものだったのではないか。
地域創生の鍵に
博物館は、その土地を訪れる人たちにとって、ガイダンス施設の役割も果たしている。『観光資源としての博物館』は、地域創生拠点の「道の駅」を利用した博物館や、観光による地域振興における博物館の有効性の紹介に多くのページを割く。
1059カ所(2015年現在)の「道の駅」のうち、4分の1に何らかの展示施設が設けられているという報告には驚かされた。多くの人が立ち寄る、抜群の立地をどう生かすか。その上手な活用は博物館による地域創生の鍵となるだろう。
文化財は高い経済的効果をもたらす「誘客装置」だが、それを保持してきた地域の住民にとってはアイデンティティーの源でもある。「消費する」のではなく、それを核として地域のコミュニティーも活性化させていく両面的な施策が望まれる=朝日新聞2017年7月2日掲載