きまじめ姫と文房具王子(1) [作]藤原嗚呼子
筆記時にインクが紙に流れ落ちる速度が速いとハイになる。人に話すと、ミシン目が入っている手帖(てちょう)の端を切り取る瞬間が堪(たま)らないなど、思いもよらぬこだわりが飛び出して楽しい。文房具の話には誰とでも共有できる喜びがあるし、それが愛用の品ともなると、使う人の個性や日常まで色濃く滲(にじ)む。
本作にはそんな文房具を巡るエピソードが数多(あまた)、登場する。京都の大学に講師として赴任した姫路かの子は、男性講師の蜂谷皐月と研究室が相部屋になるが、彼は「超」がつくほどの文房具マニア。好きな文房具の話となると途端に距離を詰めてくるので、生真面目なかの子のペースは乱れがち。しかし、愛ゆえ饒舌(じょうぜつ)に語られるうんちくは歴史的にも、文化的にも興味深く、人に話したくなるものばかり。いつしか、勝手知ったるノートやペンさえ、新鮮なものへと再構築されていく。
ドイツの名門メーカー・ペリカンのロゴにまつわる話やコクヨのキャンパスノートの歩みが特に印象に残った。信念を持って作られた物たちが、やがて使用者の人生と交差する——。そんな膨らみのある展開もいい。派手さはないが、慈雨のような柔らかな読み心地に心が潤う。=朝日新聞2018年1月21日掲載