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小川幸辰「みくまりの谷深」 民俗学的興味をそそられる怪物

みくまりの谷深(1)(2) [作]小川幸辰

 伝説の生物ホラー『エンブリヲ』の作者の新作は、なんと全2巻描き下ろし。虫愛(め)づる少女を主人公に、生物の進化と多様性、種の保存、環境と生態系について描いた前作とテーマ的には通じる。ただし、今回人間たちが対峙(たいじ)するのは虫ではなく異人類だ。
 大規模開発で生まれたニュータウンを昔ながらの里山と集落が囲む地域で事件は起こる。地元民の間で禁忌とされる森に入った大人と子供数人が行方不明となったのだ。唯一救出された男児の証言によれば、全身ウロコで覆われた怪物に襲われたという。はたしてその正体は……。
 河童(かっぱ)伝承と村古来の因習をからめつつ解き明かされる怪物の実態には民俗学的興味をそそられる。その存在は架空でも、作中の郷土史家や神社の頭屋で産婆(さんば)も兼ねた老婆が語る〈みくまり〉の解説は、日本書紀や人類学の見地も踏まえてリアリティ十分。古語のようなセリフを大胆に取り入れたのも奏功している。
 サスペンス風味の前半から後半は一気呵成(いっきかせい)のアクションバトル。自然を味方にした者ならではの戦い方が痛快だ。濃密な描画による凄惨(せいさん)なシーンと萌(も)え系美少女のギャップも味のうち。異形のエンタテインメントの誕生である。=朝日新聞2017年12月17日掲載