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「辺境の老騎士 バルド・ローエン」 知恵蓄えた年配者の味わい深い旅

辺境の老騎士 バルド・ローエン(1) [原作]支援BIS [漫画]菊石森生

 枯れた風情の男性が倒木に腰かけ、彼方(かなた)を見つめる。落日が辺りを金色に染めあげ、彼を祝福しているかのようだ。そんな装画に惹(ひ)かれて手に取った。原作は小説投稿サイトで人気を博した作品だ。
 舞台は魔獣(キージェル)の脅威から人間を守るため「大障壁(ジャン・デッサ・ロー)」と呼ばれる壁に囲まれた世界。辺境の地の領主に仕えるバルド・ローエンは50年にわたって魔獣をなぎ払ってきた。領民は敬意をもって彼を「人民の騎士様」と呼び、その名は敵対している隣の領地にも轟(とどろ)いている。
 それでも彼は旅に出た。金も名誉も返上し、旅のお供は長年連れ添った馬1頭。木の実をもぎ、小川を見つければ釣りにいそしみ、初めて見る景色のなかで食事を楽しむ。旅の真ん中に「食べること」があり、それが食事シーンをより魅力的にみせている。
 バルドの持ちものは剣と少しの旅道具のみ。それでも彼の旅が豊かに思えるのは、積みあげてきた経験則と、孤独の質を甘く変容させる姫への想(おも)いが彼自身に備わっているから。上質なウイスキーのようなこの味わい、若輩者にはちょっと出せない。あらゆる知恵を人生に蓄えたバルドの冒険は始まったばかりだ。=朝日新聞2017年4月2日掲載