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辻山良雄が薦める文庫この新刊!

  1. 『食卓一期一会』 長田弘著 ハルキ文庫 734円
  2. 『キムラ食堂のメニュー』 木村衣有子著 中公文庫 778円
  3. 『人間をお休みしてヤギになってみた結果』 トーマス・トウェイツ著 新潮文庫 1015円

 (1)食べる営みは日々自然に行われる行為だが、その一つ一つは替えの効かないその場限りのものである。詩人は食卓という場に詩を発見し、自らの「言葉の一番ダシ」で、その光景をすくいとる。アップルバター、ポトフ、天丼、カレー……。ことばにより供された食事は、味や色、においや温かさで満ちあふれ、生きる歓(よろこ)びが瞬時によみがえる。
 (2)そうした食の場は、自分の周りを見渡せばすぐに発見できる。家の台所、近所の畑、お気に入りの食堂や喫茶店……。食材や料理を作る人と話すなかで、著者は心に残ったことばを綴(つづ)り、それを反芻(はんすう)する。もっと食べることを味わいたい。読めば自分の食と向き合わざるをえない本。
 (3)〈人間なんて休んでしまい、動物になりたい〉というふとした思いを、実際に行動に移したドキュメント。人工の前脚を着用しヤギの群れに混じり、脳にショックを与え、ヤギ的心理状態に近づいてみる。あきれてしまうが、その真っすぐな心情に不覚にも胸を打たれる、爽快な一冊。=朝日新聞2017年11月26日掲載