体質だと思うのだが「浮腫(むく)み」が悩みだ。小学生の頃からで、検査してもどこも悪くないのに、膝(ひざ)から下が浮腫む、手指が浮腫む、目が腫れぼったくなる。幼い頃には明治生まれの老人から、「朝露の降りた庭の草を素足で踏め」みたいなことを言われて、親から真剣にたたき起こされ、パジャマのままで芝生の上を歩かされた記憶があるほどだ。当たり前だが、そんなことで浮腫みのひくはずがなく、リンパマッサージをしたり強圧靴下を履(は)いたり、利尿作用があるというお茶を飲んでみたりしながら生きてきた。
ずい分前だが、中国の青海省に取材旅行したことがある。その時の案内人は、日本人が普段食べられないものを食べさせようと思ってくれたらしかった。何しろ、着いたその日から「アヒルの舌」が出てきたのだ。バスケットに山盛りにするためには、一体どれほどのアヒルが舌を抜かれたことかと切ない想像をしながら、それでも「郷に入っては郷に従え」とばかり、ぷわぷわする食感のアヒルの舌を食べた。
その他は、基本的にはスパイスの効いたマトン料理などが多かったはずだが、当たり前の火鍋などは、さほど記憶に残っていない。それよりも地元の人と一緒になって、案内人が半ば面白がりながら出してきたのが、たとえば「ラクダの蹄(ひづめ)の肉」とか「ロバの睾丸(こうがん)」とか、そんなものだった。強烈な獣臭を消す意味もあってか、カレー粉的なものをまぶしてあるスパイシーな料理で、しかも生ニンニクをかじりながらそれらを食べるのである。臭いし辛いし、硬い! それでも嚙(か)みしめて食べて見せると、案内人も店の人たちも、さも嬉(うれ)しそうに笑うのだから、もう後にひくわけにはいかない。
「これは、何ですか?」
「これは耳だね、羊の耳」
「あのう、これは」
「尻尾、尻尾」
正直なところ、あまりのスパイシーさに、不味(まず)いのか美味(おい)しいのかも分からないのである。ひたすら辛いニンニクをかじり、自分自身がまず臭くなってから、食材の匂いと毒消しをしているとしか言いようがなかった。
何かとアクシデントの多い旅だったが、とにもかくにも一週間ほど過ごして、ようやく上海まで戻ってきたときだ。ホテルのロビーを歩いていて、ふと気がついた。歩くと、やたらと靴が鳴る。カポッ、カポッ、と踵(かかと)が脱げるのだ。どうしたのだろうと見てみたら、自分の足が一回りほど小さくなっている。いつも浮腫みのせいでパンパンだった靴が、それで緩くなっているのだった。
それからの数日間は足が軽くて実に爽快だった。ラクダ、それともロバのお蔭(かげ)だったのだろうか。=朝日新聞2018年03月24日掲載
編集部一押し!
-
売れてる本 絶対に終電を逃さない女「虚弱に生きる」 「知ってほしい」切実な願い 青山ゆみこ
-
-
鴻巣友季子の文学潮流 鴻巣友季子の文学潮流(第34回) アトウッド、桐野夏生、エヴェレットに見るディストピアへの想像力 鴻巣友季子
-
-
一穂ミチの日々漫画 清野とおる「壇密」(第8回) 壇蜜っぽい怪異、壇蜜だもんねと納得 一穂ミチ
-
インタビュー 藤原印刷「本が生まれるいちばん側で」インタビュー 本は誰でも自由に作れるもの 吉川明子
-
気になる場所へ行ってみた 深夜の書店でオールナイトフェス 紀伊國屋書店「キノフェス2026」に行ってみた 高城つかさ
-
インタビュー アニメ映画「クスノキの番人」高橋文哉さん×天海祐希さん対談 東野圭吾作「人への温もりと大きな優しさ」 根津香菜子
-
インタビュー 【サイン入り本プレゼント】一木けいさん「嵐の中で踊れ」インタビュー 避難所で起きた再生の群像劇 PR by NHK出版
-
インタビュー 湊かなえさん「暁星」インタビュー 作家として「言葉」に向き合い、新たな扉開いた PR by 双葉社
-
トピック 【プレゼント】第68回群像新人文学賞受賞! 綾木朱美さんのデビュー作「アザミ」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】大迫力のアクション×国際謀略エンターテインメント! 砂川文次さん「ブレイクダウン」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】柴崎友香さん話題作「帰れない探偵」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 今村翔吾さん×山崎怜奈さんのラジオ番組「言って聞かせて」 「DX格差」の松田雄馬さんと、AIと小説の未来を深掘り PR by 三省堂