1. HOME
  2. 書評
  3. 古川美佳「韓国の民衆美術 抵抗の美学と思想」 表現の断絶を越え理解の一歩へ

古川美佳「韓国の民衆美術 抵抗の美学と思想」 表現の断絶を越え理解の一歩へ

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2018年05月26日
韓国の民衆美術 抵抗の美学と思想 著者:古川 美佳 出版社:岩波書店 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784000612494
発売⽇: 2018/04/05
サイズ: 20cm/279,4p

韓国の民衆美術―抵抗の美学と思想 [著]古川美佳

 二年前、韓国の国際現代美術展「釜山ビエンナーレ2016」にキュレーターとして招かれた。日本と韓国、中国の歴史的な前衛美術を一堂に並べてみたいという。そんな企画はどこかで実現していると思っていたが、同ビエンナーレ、釜山市立美術館での開催が初めてのことらしい。
 しかしそれも無理はない。日本でもっとも自由で過激な表現が燃え盛った1960年代、韓国は朝鮮戦争の戦禍のあと敷かれた軍事独裁体制下にあったし、中国では造反有理をスローガンとする文化大革命が猛威を振るった。韓国で「民衆」による新しい表現が芽を吹くには、本書にある通り、1980年の光州事件への地下での抵抗を待つほかなかった。かように東アジアでは美術をめぐる表現が歴史的に同期しておらず、それが美術にとどまらない政治的な齟齬(そご)を生んでいる。
 たとえば、日本でしばしば激しい意見の応酬にさらされるソウル日本大使館前に設置された「少女像」の彫刻としての成り立ちについて理解するには、本書が主題とする韓国の「民衆美術(ミンジュンアート)」を巡る歴史的経緯を知ることがどうしても必要だ。
 というのも、民衆美術がわかりやすい写実表現や伝統回帰を打ち出したのは、南北分断によって強制された見かけの上の進歩主義へ抵抗するための手段のひとつだったし、人間であれば誰もが持つ喜怒哀楽のような内なる感情を抑圧から解放するためだった。だからこそ「デモと美術がいつも一緒にあった」。だが「日本では、韓国に民衆美術が存在するという事実自体が知られてこなかったし、たとえ知ったとしても前近代的でプロパガンダ的な表現としてしか見ようとしない傾向が強かった」。
 そんななか、日本と韓国の今日に至る美術表現の背景にある断絶、というよりもそれ以前にある空白を埋めるため、本書の果たす役割は大きい。
    ◇
 ふるかわ・みか 女子美術大非常勤講師。専門は朝鮮美術文化。共著に『アート・検閲、そして天皇』など。