わたしの小説はものを食う場面が多いらしい。インタビューを受けるときは、たいてい、「おいしそうですね、モデルになったお店はあるんですか」と訊(き)かれる。「いや、モデルなんかないんですわ。登場人物にもね」
そう、なにもかも想像なのだ。店の造りから、出される料理、板前、仲居さんの着物の柄まで。
それではなぜ、主人公たちは頻繁にものを食うのか――。「場面転換と時間調整のためです。たとえば夕方に訊き込みをして、わるいやつが分かったとしても、その足で行ったら、トラブルになるかもしれん。まだ日のあるうちからケンカさせるわけにもいかんので、どこか、適当な店に入らせるんです。それでもまだ日が暮れんかったら、キタやミナミで酒を飲ませる。そんなふうに時間調整をしてから対決場面をもってくる。……主人公に食わせるのはファストフードやなくて、ちゃんとした料理屋のものが多いです。読者に紹介したいから。その意味では、読者が、あの店かな、と想像してくれるように書いてるかも知れません」
わたし自身は料理に思い入れがないし、いわゆる名店といったものにはまるで興味がない。編集者との打ち合わせで大阪市内に出るのは月に一回くらいだし、編集者が選んでくれる店なので、その店を憶(おぼ)えることはない。わたしひとりで行くこともない。飲み屋は馴染(なじ)みの店でないとおもしろくないが、大阪の食べ物屋はどこに入っても、ほぼまちがいなく旨(うま)い(大阪でコストパフォーマンスがわるく、味がもうひとつの店はすぐにつぶれる)。
東京は月に二、三回行く。大阪と比べてちがいを感じるのは、まず味つけが濃いこと(このあいだ、編集者に連れられて某老舗中国料理店に入ったが、あまりに塩辛いのでびっくりした)。次に鮨(すし)屋と豚カツと焼鳥(やきとり)の店が多いこと。そうして、客ひとりあたりの居住空間が狭いこと(地価が高く、ひとが多いのだから当然だろうけど)。
東京で旨いのは鰻(うなぎ)だろう。蒸してあるから脂が少なく柔らかい。鮨も旨い(酢飯があまり甘くないから)。泥鰌(どじょう)も旨い。上野あたりでは丸鍋(これは手間がかかっている)が食えるが、大阪には柳川鍋しかない。
大阪で圧倒的に多いのは粉もの屋だ。お好み焼き屋とたこ焼き屋はどこにでもある。しかしながら、お好み焼きというのはシンプルな料理であるだけに、店によって味の差が大きい。ガイドブックに載り、全国展開している店でも、不味(まず)いところは不味い。とりわけ差を感じるのは究極のシンプルである焼きそばだとわたしは思う。
「そうですねん。食い物に思い入れがないというてるくせに、けっこう文句が多いんです。すんませんね」――。=朝日新聞2017年04月15日掲載
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