コロッケさんが話し始めたのに声が聞こえない。よく見るとマイクを逆さに持っている。「逆、逆ー!」と教える子どもたち。コロッケさんの授業はおなかを抱えて笑うことから始まった。
「コロッケおじちゃん、こんなふうに授業をするのは初めて。少し緊張しています。みんな、どんどん質問して助けてくれる?」
女の子が手を上げた。
「コロッケさんは、なぜ耳が聞こえないんですか」
じつはコロッケさんは、右耳が不自由だ。子どもの頃、鼓膜が破れたことから聴覚を失った。会話が聞こえないだけなのに、友だちに「無視された」と勘違いされたり、何度も聞き返して相手を怒らせてしまったり、苦労したという。授業を受ける子どもたちも補聴器や人工内耳で聴力を補ったり、手話で会話をしたりしている。周囲に難聴を理解してもらえなかったコロッケさんのつらさは、子どもたちの経験とも重なる。
「でもね、障害のある私たちは、いい意味で臆病になればいいんです。臆病になると周囲をよく見たり、人の話をじっくり聞いたりできます。それが強みになるんです。おじちゃんがものまね上手になったのも、臆病だったおかげで、人のことをよく観察するようになったからなんですよ」
そしてもう一つ、大切なことを教えてくれた。「あおいくま」という言葉だ。「あ」は焦るな、「お」は怒るな、「い」はいばるな、「く」は腐るな、「ま」は負けるな、の意味だ。コロッケさんは、この言葉をお母さんから教えてもらったという。
「人生はうまくいかないことも多い。でも、自分で自分を追い詰めたり、人生をあきらめないでください。つらくなったら、『あおいくま』の言葉を思い出して。元気が出てきて、また頑張ろうと思えるから」
コロッケさんは、リクエストに応えて、ものまねもたくさん披露してくれた。いっぱい笑わせてくれたけど、いちばん心に残ったのは、「自分を大切にして、豊かな人生を生きよう」という温かいメッセージだった。
(角田奈穂子)
<授業を終えて>
小山翔馬くん(小6)「ものまねも楽しかったけど、『あおいくま』の話がよかった。怒ってケンカにならないようにしたい」
山本ほのかさん(小5)「『あおいくま』のなかでも『負けるな』の『ま』が一番印象に残りました。明日から生活に生かしたいです」
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コロッケさん「人を観察する力があるから、うそやごまかしもわかるんでしょうね。まっすぐな瞳から心の素直さがよく伝わってきました」
●兵庫県姫路市、全校幼児児童生徒は保育相談部・幼稚部・小学部・中学部・高等部合わせて100人。上野仁史校長。授業を受けたのは小学部27人と通級指導の3人。担当は冨田裕介先生(昨年10月開催)。=朝日新聞2018年2月26日掲載