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「ココ・シャネルの言葉」 謎と複雑な個性が女性を包む

ココ・シャネルの言葉 [著]山口路子

 いまも「シャネル」の人気は衰えることがない。かつてシャネラーという言葉が世の中をにぎわせた。語感の軽さからも、商品と購買者を揶揄(やゆ)する風潮が伝わる。しかしそんな空気もどこ吹く風。シャネルのブランド力と、創業者ココ・シャネルへの憧れは高まる一方にみえる。
 ココ・シャネルの伝記は硬軟とりまぜ何冊もある。彼女を象徴する短い言葉を右ページに、その背景を左ページにまとめてある本書は格好の入門書だ。
 たとえば「シンプルで、着心地がよく、無駄がない。私はこの三つのことを自然に、新しい服装に取り入れていた」という言葉が目に入る。その意味は、第1次世界大戦が起き、女性も体を動かしやすい実用的な服が求められた時代と合致したという解説があり、納得。
 それまでは喪服の色だった黒で「リトルブラックドレス」を作り、黒はパリ・モードを代表するシックな色となる。貧しい少女期を過ごした彼女は経済的成功を強く欲した。そんなシャネルは、宝石をこれみよがしに身につける上流階級の女たちを嫌った。その嫌悪感がイミテーションの宝石作りへ駆り立てた。センスよい偽物は、本物の宝石より格好よく映った。
 彼女はまず野心家だった。既成の権威への反抗が、宝石だけでなくコルセットや大きな帽子など19世紀的な美を破壊した。
 シャネルはまた恋多き人でもあった。しかし貴族や芸術家たちとのスキャンダルは、彼女のステータス上昇に貢献した。そんなシャネルの生き方に共感する女性も多いだろう。
 裕福になった彼女は、無名の芸術家のパトロンにもなる。しかしただ善意の行為ではない。彼らが成功すれば、シャネルその人の格が上がる。フランスは階級社会だ。彼女を蔑(さげす)んでいた上流の淑女が、シャネルのサロンに呼ばれることを欲する。
 善でも悪でもない、両義的な存在。そんな謎と複雑な個性もまた、シャネル・スーツ同様に女性を心地よく包むようだ。
 亀和田武(作家)
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 だいわ文庫・734円=11刷7万部。17年10月刊行。主な購読者は20代から50代の女性。「シャネルのように、年齢を重ねてこその美しさを身につけたいという感想がある」と担当編集者。=朝日新聞2018年4月21日掲載