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七百円の一時間 津村記久子

 料理はするけれども、食器を洗うのが嫌いな方だと思う。週に四日ぐらいは自炊しつつ、どうしても今日は食器を洗いたくないという日は、外食をしたりお弁当を買いに出たりする。わたしにとって家の外で調理してもらうサービスを購入することは、食器を洗ってもらうサービスも買っていることを意味する。平均的な家での食事にかかる費用とファミレスでの外食の差額と、自炊にかかる時間とファミレスで食事をした場合にかかる時間の差を比べてみたことがあるのだが、わたしはファミレスで食事をすることによって一時間を七百円弱で買い取っている状態であることが判明した。要するにファミレスで食事をすると、家でごはんを作るより一時間多く遊べるが七百円多く払うということだ。
 一時間七百円。外食の場所をもっと安くもできるだろうし、人によってまちまちだと思うけれども、個人的にはかなり妥当な評価額が出てちょっと感心した。同時にわたしは、お弁当屋さんに来るお母さんたちのことを思い出した。彼女たちは家族の分も併せてだいたい三~五個買うため、それらしき人が先に待合にいると、どうしても自分の番が回ってくるのが遅くなるので反射的に顔を歪(ゆが)めてしまいそうになることがあるのだが、それは全く間違っているので自戒したい。わたしが七百円で一時間を買うことと、彼女たちがお弁当屋さんを利用することにはほとんど同じ意味があるからだ。自分の食事を買うか家族の食事を買うかの違いがあるだけだ。
 先日、中学の同級生が集まる会があって、主婦の友人たちが手作りのクッキーやムースを作ってきてくれて、わたしはそれを本当においしく食べた。おいしいありがとう、おいしい、と半ば咽(むせ)びながら食べるわたしに友人たちは「なんで自分で作るのかっていうと、そのほうが買うよりぜんぜん安いからよ!」と、軽快に言い放っていた。作ることも買うことも等価だ。だから時間を割くかお金を払うかは、納得して好きに選んだらいい。=朝日新聞2018年5月28日掲載