洋食の食器は、たいがい同じシリーズで揃(そろ)える。大皿、小皿、そしてカップまで、テーブルには同じ柄の食器がずらり並ぶ。一方、我が国の食卓に並ぶ食器はバラバラである。皿、小鉢、碗(わん)、湯のみ。それぞれが主張しあっている。特にご飯を盛る飯碗の主張は強い。というのも、飯碗は「専用」である場合が多いからだ。子供用、母用、父用。それをシェアして使うことはあまりない(と思う)。箸など顕著だろう。娘の箸を父親が使ったとなると、「信じられない!」と信じられないほどの罵倒を父親は浴びせられることになる。外国からは、「日本人は個性がない」だの「みな同じような行動をする」だの言われるが、食事に関しては、日本人は割と個人主義だ。なぜか。
日本には、かつて箱膳という文化があった。食事をするときはテーブル代わりに、食事が終わったら食器と箸をしまう収納箱として。言うまでもなく、箱膳も食器も箸も自分専用。日本の食卓の食器がバラエティに富んでいるのは、たぶんその名残なのだろう。
ということで、我が家でも食器と箸の所有権がきっちりと決められていた。特に箸の所有権は厳格で、母一人子一人の母子家庭であったにもかかわらず、それぞれの箸を箸箱に入れて管理していたほどである。
さて、小学一年生のことである。遠足の前日、私は母と大喧嘩した。惨敗した私は、腹いせに母の箸箱の中から箸を抜き取り、爪楊枝(つまようじ)を詰め込んだ。「なにこれ!」と驚く母の顔を見たくて。たわい無いイタズラである。
そして、翌日。喧嘩していても母はちゃんとお弁当を作ってくれた。それを持って遠足に出かけたのだが。……待ちに待ったランチタイム、お弁当の包みを開けると、なんと母の箸箱が添えられていたのである! イヤな予感がした。案の定、箱を開くと出てきたのは大量の爪楊枝。これぞ、因果応報。
お弁当の中身は、いわゆる海苔(のり)弁だった。おかずはマルシンハンバーグに唐揚げにウインナーに、そして大好きな卵焼き。……これらを爪楊枝だけで食べろというのか。せめておにぎりだったら。ええい、しかたない、手づかみで。……と、卵焼きに手を伸ばしたところで、「幸子ちゃん」と声がした。見ると、先生だった。
「幸子ちゃん、先生の貸してあげるから、これで食べなさい」
そして、箸が私の前に差し出された。まさに、地獄に仏。歓喜する私だったが、見つけてしまったのだ、箸の先の飯粒を。そう、その箸はすでに先生が使っていたのだ。
「……いいです。いりません」
私は、箸を先生に押し戻した。
私の苦手三箇条に、「シェアはNG」が加わった瞬間である。=朝日新聞2018年5月26日掲載
編集部一押し!
-
私が選ぶ本 映画って、実は読書に似ている。観て、読んで楽しめる書店員オススメの4冊 好書好日編集部
-
-
インタビュー 畑野智美さん「宇宙の片すみで眠る方法」インタビュー 女性も自立できる時代、どう生きたいか自分と向き合って 加治佐志津
-
-
インタビュー 「ゲド戦記」最後のエピソードが刊行! 訳者・清水真砂子さんが振り返る「人生を生き直す、翻訳という旅路」 大和田佳世
-
新作映画、もっと楽しむ 映画「旅と日々」主演シム・ウンギョンさんインタビュー つげ義春作品を大胆アレンジ「自身の経験も重ね」 若林良
-
新作映画、もっと楽しむ 映画「爆弾」伊藤沙莉さんインタビュー 「それが果たして正義なのか」謎の予言男は問い続ける 根津香菜子
-
トピック ネルケ無方×藤田一照×永井均トークイベント「仏教と哲学のあいだで考えたこと」 12月19日に開催 好書好日編集部
-
トピック 【プレゼント】第68回群像新人文学賞受賞! 綾木朱美さんのデビュー作「アザミ」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】大迫力のアクション×国際謀略エンターテインメント! 砂川文次さん「ブレイクダウン」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】柴崎友香さん話題作「帰れない探偵」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 今村翔吾さん×山崎怜奈さんのラジオ番組「言って聞かせて」 「DX格差」の松田雄馬さんと、AIと小説の未来を深掘り PR by 三省堂
-
イベント 戦後80年『スガモプリズン――占領下の「異空間」』 刊行記念トークイベント「誰が、どうやって、戦争の責任をとったのか?――スガモの跡地で考える」8/25開催 PR by 岩波書店
-
インタビュー 「無気力探偵」楠谷佑さん×若林踏さんミステリ小説対談 こだわりは「犯人を絞り込むロジック」 PR by マイナビ出版