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「自然災害と民俗」書評 伝承からみえてくる自然観

評者: 角幡唯介 / 朝⽇新聞掲載:2013年04月28日
自然災害と民俗 著者:野本 寛一 出版社:森話社 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784864050487
発売⽇:
サイズ: 20cm/267p

自然災害と民俗 [著]野本寛一

 私が探検をする理由を簡単に説明すると、自然を旅して死を身近に感じることで逆に研ぎ澄まされた生の瞬間を味わいたいから、ということになる。しかし似たような活動をしていても、例えば欧米の人などはそんな風に考えるのか以前から疑問だった。自然の本質を人間には制御不能のどうしようもない世界と捉える私の感性の裏には、自然が豊かな半面、その脅威に怯(おび)えてきた日本人の精神の遍歴が反映されている気がする。
 本書は地震や津波、河川氾濫(はんらん)、台風などの自然災害に対し日本人がどのような態度で臨んできたのかを民俗の観点から振り返ったものだ。災害は被害が大きく人間と自然が最も鋭く対峙(たいじ)する最前線であるだけに、結果、日本人の自然観そのものが見えてくる内容となっている。
 津波の例をみてみよう。昔の人はウミガメの伝説の中に津波で失った最愛の人への未練を断ち切り、改めて生きる決意を込めていた。一方、ジュゴン伝説の中には潮が引いた海岸に魚や貝を獲(と)りに行ったせいで、多くの人が大津波に呑(の)まれたという話を警句的に織り交ぜている。他にも河川の氾濫や山地の崩壊に対処するため居住区域を工夫するなど、私たちの先祖は探検なんぞしなくても生活自体が自然と根っこの部分で結びつき、そこで暮らしていたわけだ。
 自然との共生というと昨今では商品の宣伝コピーみたいなキレイごとばかりが幅を利かせているが、本来のそれは生き死にのかかった厳しいものだった。便利さと安全性だけを追求してきた現代の我々は急速に自然から切り離され、震災でも起きない限りその素顔に思いを馳(は)せることはなくなった。しかし一方で生活における生の実感は確実に希薄になっている……。
 どちらが良い悪いではなく、単純に自然との関係を考えることは必要なことだと思う。そこにしか生と死の秘密は存在していないのだから。
    ◇
 森話社・2730円/のもと・かんいち 37年生まれ。近畿大学名誉教授(日本民俗学)。『生態と民俗』など。