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桐野夏生「ハピネス」書評 微妙で複雑なママ友の世界

評者: 楊逸 / 朝⽇新聞掲載:2013年02月10日
ハピネス 著者:桐野 夏生 出版社:光文社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784334928698
発売⽇:
サイズ: 20cm/376p

ハピネス [著]桐野夏生

 有紗は、3歳になる娘と江東区の巨大な埋め立て地に建つタワーマンションの29階に住んでいる若いママ。離婚を迫るメールが届いたきり、連絡を断った夫の俊平は、アメリカに単身赴任中である。
 「上からも下からも横からも前からも、あらゆるところから見られていて、空中に浮かんだ部屋にいる」という、まさに心身とも宙ぶらりん状態に陥っている中で、娘の幼稚園お受験という問題がさらに浮き上がる。何もかも決断しなければならないという人生の節目の時期だ。
 大きな不安を抱えながら寂しくて侘(わび)しい日々を過ごす、そんな彼女の頼りになるのは近所のママ友の存在だ。同じ3歳の女児を持つ5人のおしゃれなママ――一見小さなコミュニティーだが、家賃の違いなど微妙な差によって生じた上下関係や親疎の別をしっかりわきまえて成り立った付き合いなのだ。その複雑さと言ったら、どんな大きな集団にも負けないだろう。
 我が子を名門幼稚園に入れようとするママ友とつりあうように、有紗は見えを張って嘘(うそ)もついた。にもかかわらず、グループの中で「公園要員」という以上の存在にはなれない。引け目と敗北感に苦しみ、それに、ずっと胸の奥に仕舞っている秘密を仲の良い美雨ママに打ち明けようと、一緒に飲みに出かけたが、逆に思いもよらぬ衝撃的な告白をされてしまう。
 「地に足着けて生きていくんだ」と願う有紗。離婚問題と公園要員のポジションに悩む彼女と、ママ友たちを、意外な結末が待ちうけている。
 子持ちの私も昔、何度かママ友の集まりに加わったことがある。ママたちのたわいない会話とは裏腹に、なぜかいつも変にピリピリとした空気を感じていた。その空気を汲(く)み取って生き生きと描ききったこの作品を読んでいくうちに、ママ友という独特な世界を初めて理解できるような気がしてきた。
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 光文社・1575円/きりの・なつお 51年生まれ。作家。『東京島』で谷崎賞、『ナニカアル』で読売文学賞など。