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「わたしは菊人形バンザイ研究者」書評 老いも若きも楽しめる珍本

評者: 出久根達郎 / 朝⽇新聞掲載:2012年11月18日
わたしは菊人形バンザイ研究者 著者:川井 ゆう 出版社:新宿書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784880084336
発売⽇:
サイズ: 22cm/217p

わたしは菊人形バンザイ研究者 [著]川井ゆう

 掛け値なしの、珍本である。
 何しろ、類書が無い。菊の本は結構ある。菊人形に触れた本もあるにはあるけれど、研究書は無い。同じように私たちは菊人形を見たことはあるが、どのように作られるのかよく知らない。いわんや、その歴史をや。
 大抵の人が切り花の菊で飾り立てている、と思っている。水皿が置いてあり、菊が吸い上げる。それで花が生き生きしている。そう考えている。菊人形の菊には根がついていると知らない。表から見えないように細工してあるからだ。菊師という職人が、まる一日かけて製作している。
 たとえば姫君の衣装を菊で作るわけだが(菊付けという)、娘らしい丸みを表現するには技巧を要する。特に肩の線を出すのがむずかしい。咲き始めは撫(な)で肩の姫が、満開になると筋骨隆々となりかねない。そこで菊師は様子を見ながら着せ替えをする。
 菊の根には水苔(みずごけ)を巻き、イ草で縛って「玉」を作る。この玉に毎日、細い管のついた特別のジョウロで水を与える。やり残した玉は枯れるため、水やりは神経を使う。それでも十日もすると萎(しな)びてくるので、全面的に改めて菊付けを行う。
 菊人形の歴史は古く、江戸期に始まる。明治の世に流行した。漱石や二葉亭四迷の小説にも登場する。菊人形見物は、当時の庶民の最大の娯楽だった。菊人形で歴史の偉人や情況を学び、世相を知った。
 昭和に入ると、世間を騒がせた「説教強盗」が菊人形の題材になる。しかし、大体は歌舞伎の名場面や、有名な武将がモチーフだった。見立て、である。菊人形は衰微しつつある。見立てが通じなくなったからだ。職人が高齢で、後継者が育たぬ。著者は菊人形研究で博士になった。わが国唯一の菊人形バンザイ(礼賛)研究者である。本書は堅苦しい論文でなく、漫文調研究入門書、老いも若きも大いに楽しめる。ゆえに珍本。
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 新宿書房・2520円/かわい・ゆう 64年生まれ。武庫川女子大学非常勤講師(家政学)。現代風俗研究会会員。