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松山巖「ちょっと怠けるヒント」書評 機械にはなれない人間だもの

評者: 四ノ原恒憲 / 朝⽇新聞掲載:2010年05月09日
ちょっと怠けるヒント 著者:松山 巖 出版社:幻戯書房 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784901998567
発売⽇:
サイズ: 20cm/293p

ちょっと怠けるヒント [著]松山巖

 日々の我が営みを見て、おおかたの人々が下す評価は、どうも「怠け者」ということらしい。認めるにやぶさかではないが、世間の、「怠け者」を見る目は、決して優しくない。どこかで一矢を報いたい。そう思い続けてきた者にとっては、このタイトルは福音とも響く。
 松山さんは、一つの逆説を提示する。人類は、生活を便利にしようと様々な物を発明発見し続けてきた。雑多な仕事、手順を整理し、面倒をなくしていくその作業は、できる限り怠けようとしてきたことになる。でも、その結果、新たに増えた雑多な作業に追いまくられているのが現代ではないか。人々は疲れ果て、精神を病む。怠けようとして、ますます怠けられないのはなぜか、と。
 どこかで、世間を動かすルールが変わるのだ。便利になるとは、「効率」が、重視される世界に移行するということだ。そのルールが、いつしか、人間の働き方、生き方にも適用されはじめる。最も効率よく働くには、機械と化せばよい。しかるに、生身の人間は機械とは違う。感情もある、疲れもする、疑問も持つ……。少しでも怠けを許容しないことが、「現代の病」の根源ではないか。
 漱石、子規を始めとする東西古今の文学、土地開発で消えゆく路地の効用、建築において、一見無駄にみえる「木組みの遊び」や「タイルの目地」の働き、レビストロースが説いた「器用仕事」の現代性、ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』で説く「遊び」の意味……。
 様々な観点から、「怠ける」ことがもたらす美点を、自称「怠け者」の松山さんらしく、ゆったりと、寄り道しながら言挙げしてゆく文章は、どこからか、警世の書と化す。
 誤解されては困る。著者は「だらだらと怠ける」ことを勧めはしない。それは「肉体的、精神的に疲れる」だけだ。誰でも必死に生きざるを得ない。だから「ちょっと」、そしてどこか「切実に」と。易(やす)きに流れ、酔いに時を忘れる我が暮らしは、やはりただの「怠惰」にすぎないのか、と恥じ入るのみ。
 評・四ノ原恒憲(本社編集委員)
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 幻戯書房・2625円/まつやま・いわお 45年生まれ。作家・評論家。『うわさの遠近法』など。