ヒップホップは、世界一細分化された音楽だ。国、地域、都市でスタイルが異なるし、流行の移り変わりも非常に早い。だが、ISSUGIは目まぐるしい変化の中でも、常に自分らしい作品を発表し続けている。洗練されているが、気取ってない。クールでありながらも、胸の内は情熱的。彼のスタイルはどのようにして確立されたのだろうか?
現地人しか知り得ないディテール満載のヒップホップ本
ISSUGIが持ってきてくれたのは、ニューヨーク在住のジャーナリスト・伊藤弥住子の自伝的な一冊『NYヒップホップ・ドリーム』だった。ニューヨークはヒップホップが誕生した街。ブルースにとってのミシシッピ、ジャズにとってのニューオリンズと同じ聖地だ。
「最初にヒップホップをカッコいいと思ったのも知らず知らずだったけど、ニューヨークのやつらの作品でした。たぶん『411』(注:1990年代に発売されたスケーターのビデオマガジン『411VM』のこと)で流れてたMOBB DEEPの『THE INFAMOUS』。この『NYヒップホップ・ドリーム』という本には1983年から2004年までの間、ニューヨークでブラックミュージックがどのように移り変わっていたのかが書かれてて、ソウルやファンクの時代から始まって、マービン・ゲイやダイアナ・ロス、ウータン・クラン、ジョデシィ、カニエ・ウエスト、T.I.が登場したり、アンディ・ウォーホルが出てきたり、ODB、トゥパックとビギーが亡くなった時期の話とかも載ってました。
個人的にこの本の面白かったところは、現地でインタビューでアーティストと仕事で関わっている人ならではの話というか。例えば、ボーイズIIメンの船上ディナーパーティにきたブラック・ロブっていうラッパーがバーテンからヘネシーを奪って、持ってきたクリアカップに勝手に注ぎまくって飲みまくっちゃう話とか。そのパーティの入り口でキューバの職人がハンドメイドで高級葉巻をその場で1本ずつ一生懸命作って渡すサービスがあったらしいんですけど、貰ったとたんすぐ自分の使い方をするとか。あとその時代の『Wu-Wear』(注:ウータン・クランがプロデュースするアパレルブランド)のずさんな商品管理とか書いてあって、マチ針ささったまま納品とかウケました(笑)。あと街の様子でスイカについての話が出てくるんですけど、スイカ味のガムって日本に売っていないのを思い出しました。あれ噛みたくなる時あって」
レコ屋感覚で古本屋に行き、写真集を探す
『NYヒップホップ・ドリーム』はラッパーらしい選書だが、次に紹介してくれたのはなんと約40年前にヨーロッパで刊行された広告集「modern publicity volume 47 1978」だった。ちなみに、ISSUGIはアルバムのジャケットも自分でデザインする。アルバム「VIRIDIAN SHOOT」「EARR」などのジャケットは彼自身が制作した。
「デザインと呼べるほどのものか分からないですけどジャケット作りも音楽と同じようにやるのが好きな事のひとつではありますね。中学の頃、一緒にスケボーやってた友達と今も一緒に作ったりしてるんですよね、フライヤー作ったり。レコード屋で好きなレコードを探すような感覚で、たまに古本屋にも行きます。パラパラっとめくって良さそうだなと思ったら買ったり。この本はプレゼントで貰いました。もともと写真やデザインを観るのは好きですね。インターネットで検索すれば果てしない数いろいろ見られるけど、検索でたどり着けない偶然って絶対あるんですよね。性格的にホントに欲しい物は印刷されたものでも持っていたくて。多分作ってる人って、紙の質感とかこういう紙質でこの厚みに印刷したいとか考えて作ってると思うんですよね。それも含めて楽しんでます。レコーディングで行き詰まった時や、制作が終わった時に、適当に本を選んでなんとなく観てると、次のアイデアが生まれたりするんですよね」
誰も知らないようなレコードをどこかから探し出し、その中のわずかな一箇所をサンプリングして複雑に組み替える。そんな作業を繰り返して、ヒップホップのビートは誕生する。ISSUGIの話を聞いていたら、そんなことを思い出した。
「周りには映画好きが多いんですけど、実は俺、あまり集中して長時間観れないんですよね。だけど本は自分のペースで読み進められるから良くて。よく読むのは自伝です(笑)。自分とは違う価値観をたくさん知ることができるし、なかなか実際にあった事ない人の40〜50年とかをその人目線で感じれる事ってないと思うので。この前借りて読んだ横尾忠則の自伝は、かなり個性的な文体で面白かった。こういう事を考えてるんだなとか。
ヒップホップって単なる音楽の1ジャンルというより、トータルでその人がにじみ出てるものだと思っていて。ジャケットやPVもその人だし、俺自身もそうやって自分を見せていきたいと思っています」
ISSUGIのルーツが記録された写真集
最後にISSUGIは「販売したのか友達に配っただけなのかわからないから、間違ってたらごめんGOROちゃん。企画の趣旨からちょっとズレてしまうかもしれないんですが」と前置きしてから、一冊の写真集を紹介してくれた。
「これは友達のカメラマン・KOSAKA GOROが2009年に作った『KIROKU TO KIOKU』という写真集です。俺もメンバーのDOWN NORTH CAMPというクルーのライブや日常を撮った写真が載っています」
DOWN NORTH CAMPには、MONJUのメンバーであるMr.PUG、仙人掌といったラッパーをはじめ、トラックメイカー、DJ、音楽をやる人間の他にも様々な仲間が集まっている。
「俺はラップ始める前、スケボーをやっていたんです。中学生の頃ですね。当時は携帯電話を持ってなかったから、場所と時間だけ決めていろんなところに集合してた。新宿のジャブジャブ池、中野のサンプラザ、秋葉原の駅前広場、大手町のビル街……、警備員さんとかに怒られたら次の場所に移動するんです(笑)。DOWN NORTH CAMPは、もっとその後でラップをやるようになって何年か経って、ちょうど20とかそれくらいの時に仙人掌を通してクラブで他のDOWN NORTHの面々と会うようになって自然と遊ぶようになったっすね。どこか気があったんだと思います。
この『KIROKU TO KIOKU』には、すげー昔のMONJUのLIVEとか、スタジオでRECした日とか、皆がたまってた友達の家とか、ただ遊んでるところ中心ですね(笑)。あとはPUNPEEや5lackや、ラップを始める前のKID FRESINOが偶然写ってたり、TAMUっていう亡くなった友達の写真もたくさんあります。なんか分からないんですけど、たまーに観たくなるんですよね。それで『写真って良いな』みたいな感じで。この写真撮ってくれてた時、ちょうど自分がソロで1stアルバムとか作ってた時で その時の気持ちを自然と思い出すっていうのはあるかもしれません。その時こそがまさに自分のルーツだと思ってるし、切り取る事って瞬間を閉じ込めてくれる事と似てるなと思いました」