「まさか、また本が書けるようになるとは思わなかった」
かみしめるように数年間の闘病を振り返る。表情は明るい。
東アジアとの関係を軸にした日本近現代史が専門で、2007年から地方公立大学に勤務した。11年に刊行した『中国化する日本』が評判に。だが、14年春、うつ状態と診断された。一時は「人と話すのも音楽を聴くのも苦痛。本も読めず原稿も書けない」状態になった。
17年に執筆を再開できたのは「幸福な偶然」が続いたから。本が読めるようになって通った図書館で、「本、読んでいます」と励まされた。「そうだ、本を何冊も書いていたんだと思い出した」。デイケアでは病気の経緯を話したり、文章にしたりする機会があった。米大統領選でトランプ氏が当選すると、「日本だけが駄目なんじゃないと妙に元気が出た」という。
『中国化する日本』は、優勝劣敗の自由競争をいとわず、政治は強い指導者に一任するといった形で日本社会の「中国化」が進んでいると指摘した。近代化や民主化を基準にした西欧中心の歴史観を相対化し、日本史を描き直す仕事だった。
今回の著書は発病から回復までの体験記だ。同時に、時代に照らした「平成史」でもある。
平成は、政治も世論も「一大転向の時代」とみる。自衛隊と日米安保条約に反対した戦後の左派は、90年代の自社さ連立政権誕生で「転向」した。戦争の「加害者」だった日本は、00年代には拉致問題の「被害者」に転じた。民主党政権が崩壊して、多くの有権者が「改革」や「二大政党」の夢を捨てた。
多数意見や社会のムードに迎合するなら、知識人の存在意義はない。「自分たちがいつ、なぜ『転向』したのかを自覚し、検証する意味は大きいはず」
病気を経て「能力は個人の私有物ではなく周囲との共有物」だと気づいたいま、他人と競い合う地位への未練はまったくないという。「万国の知性ある人びとの団結を!」。著書を締めくくるのは組織や国境を越えた幅広い「共存」の呼びかけだ。
大学を昨年退職。今後は「純粋に面白さでつながれた初期のネットのように」自分の思想へのアクセスを待つつもりだ。(文・大内悟史、写真・相場郁朗)=朝日新聞2018年7月14日掲載
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