池澤春菜が薦める文庫この新刊!
- 『IQ』 ジョー・イデ著、熊谷千寿訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1145円
- 『新しいおとな』 石井桃子著 河出文庫 799円
- 『年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック』 大森望、日下三蔵編 創元SF文庫 1404円
読み始めてすぐに「あ、これは年間ベストに入る本だ」と思った。誂(あつら)えた服のように、文体や展開がしっくりくる。予想を上回る仕掛けもある。なかなか出会えるものではない。
(1)の主人公はアイゼイア・クィンターベイ(通称IQ)。その名の通り、高い知能を持つ黒人の青年。ご近所の悩み事を解決するうちに名が広まり、探偵となった。物語は最愛の兄を奪った過去のひき逃げ事件と、現在の有名ラッパーの暗殺未遂事件が絡み合いながらぐいぐいと読者を引きずり込んでいく。アイゼイアの佇(たたず)まいがとても良い。「冷静で、抜け目なく、感情をまったく顔に出さず」全てを観察し、帰納的推理で事件の瑕瑾(かきん)を見つけ出していく。著者のジョー・イデは日系アメリカ人。スラングやヒップホップといった黒人コミュニティーを舞台に選び、見事に書き切った。
少し前にツイッターで、子供に本を読ませるためのとある小学校の試みが話題になった。切り取り方があまり良くなかったのか、炎上してしまったが、自分が本を読み始めたきっかけ、何故こんなに本が好きになったのかを、もう一度考え直す良い機会になった。もし、子供と本の距離感に悩んでいたら、ぜひ(2)を読んでいただきたい。児童書の翻訳者、そして作家である著者の家には、子供たちがくつろいで自由に本を読めるようにと「かつら文庫」という私設図書館があった。子供に寄り添い、時に子供に導かれる。そのまなざしは温かく、柔らかだ。
2017年の日本SF短編の傑作、そして第9回創元SF短編賞受賞作を収めた(3)。老若男女、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)! 生むことと生きることを、少し違う世界を舞台に描く痛くて美しい「山の同窓会」。祝福と呪いが入り交じる「ホーリーアイアンメイデン」。すっとこどっこいでぶっ飛んでて優しい「最後の不良」と「惑星Xの憂鬱(ゆううつ)」。そして受賞作「天駆(てんく)せよ法勝寺(ほっしょうじ)」は、寺が宇宙を駆け、仏像を着て闘い、祈りがエネルギーとなる、SFならではの奇想に満ちた快作。=朝日新聞2018年7月14日掲載