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滝沢カレン「トカトントン」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

これは青年だけが体験した大冒険の物語だ。
普通の生活に戻ろうと努力していたが、何か物足りなさを感じた青年はある日冒険に出かける決意をするのだ。
両親からなけなしの小遣いを手当てに、約束した。
「僕は大金持ちになってかえってくる」

そんな坊主を両親は端から信頼はしていなかったが、息子の成長する姿を反対はせず、見守る奇跡的なご両親を持っていた。
電車も車もなく、徒歩のみで行動する青年は自分にしか感じられない思いを頼りに、道なき道をひたすら飲まず食わずで歩き続けた。

ある日歩いていると、一つのお婆さんに出くわした。
そのお婆さんは木の輪切りにされた場所に腰を下ろし、空を見上げていた。
「お婆さん、なにをしているの」と聞くと、どうやらお婆さんは大のお気に入りの帽子をあの目ざとい鷹に取られたと言ってきた。
それを相当悔しかったようで、歩けない気力まで達していた。
居ても立っても居られない青年は、その鷹を探しに、森林の中に入って行く。

そこである、木と木の間に暗闇を見つけ、吸い込まれるようにお婆さんと入って行く。その暗闇を抜けると、見た事もない世界が待っていた。
それは広い綺麗な海にポカンと浮かんだ静かな島だった。

絵:岡田千晶
絵:岡田千晶

島には一つの小さなおうちだけがあった。
誰もいない静かな島に2人きりになった2人は、その日は死にものぐるいで出口を探したが、あの二股に分かれた木はもちろんなく、海の音がただひたすら聞こえながら日は暮れた。

婆さんはまだ気にしていた。帽子の存在を。

正直それどころじゃないくらい焦っていた青年は、帽子のことなどすっかり忘れていたのだ。その日は母親からのおにぎりを2人で分けながら食べ、深い眠りに入った。

この日から一年間もの間、この島から出られないことはまだ知るよしもなかった・・・・・・。

そして次の日も来る日も来る日も、お婆さんは帽子を探し、青年は出口を探すなんの変わりもなく一週間すぎた。
船を作る材料すらない島にあるのは、一軒の小さなおうちだけ。
でもなぜかそのお家には誰かが生活していた気配があり、食料も水もあったため、食い倒れることはなかった。

そんなある日、婆さんがふと「ここには昔住んでいたことがある」と呟いた。
青年は驚き「婆さん! 住んでいたのかい? じゃあここは一体どこなんだい?」と汗混じりの声で目を万華鏡のように光らせた。
「ここはトカトン島だよ」「ついこの間、出てきてばかりなんだ」と婆さんは今にも吹き消えそうな声で話す。

青年は訳が分からず、とにかく帰りたいことを訴えると、婆さんが首の付け根を痛めそうなくらいの勢いで「じゃあ一緒に帽子を探しておくれ、あれが必要なんだ」とまっすぐな硬い目で言ってきた。
青年はまた訳の分からぬ話を話していると腹をふんぞり返したが、呆れた青年はしぶしぶその日から婆さんの帽子を探すこととなる。

そして364日目のある日、帽子が見つかるのだが、その帽子を被るとあの婆さんはもういなかった。代わりに見るも美しい女性がそこには立っていた。

この女性は青年とは逆で、ある日島の二股に分かれた木の間に暗闇を見つけ、入ってみたら、日本の青年の住む街にたどり着いたのだ。
鷹のしわざにより大切な帽子を取られてしまい、一気に歳のスピードに逆らえずに婆さんになってしまったのだ。

帽子を取り戻し、その日が来るまで必死に一緒になり帽子を探してくれた、青年を女性は好きになり、帽子を手にしたことにより元の世界へ戻ることが出来た青年と女性は、お金持ちになることはできなかったが両親には最高に幸せな気持ちを土産に持ってくことができた。

という次元の違う島で大冒険をした、お婆さんと青年の365日間の物語。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 なんだか困っている26歳の青年が、地元の著名作家に相談する手紙を送る――そんな書簡形式の短編です。

 戦争中に軍需工場で働いていた青年は敗戦を知り、死を考えます。そのとき、かすかに金槌で釘を打つ音が聞こえてきます。
 トカトントン。

 その瞬間、青年は憑きものが離れたように、死ぬことをやめてしまいます。これだけならめでたしめでたしなのですが、故郷に帰って新生活を始めようとする青年の耳に、この音がたびたび聞こえてくるのです。傑作小説を生み出そうと意気込めばトカトントン、郵便局の仕事に邁進しようと思えばトカトントン。へんな音がきこえてきたとたん、それまでやる気に満ちていた気持ちが一気にしぼんでしまうのです。

 さて、音の正体はなんなのでしょうか。カレンさんの「トカトン島」同様、なぞめいています。

 実際に送られてきたファンレターがもとになったお話で、太宰の持ち味であるダメ男のひとり語りがさえわたる小品です。