シングルファーザーとして子どもを育て、異国に暮らしているからこそ描けた物語だ。辻仁成さんが『真夜中の子供』(河出書房新社)を出した。親に育児放棄された無戸籍の少年が福岡・中洲の人々の優しさに支えられ、生きる姿を描く青春群像劇だ。
舞台は九州一の歓楽街・中洲。「真夜中の子供」と呼ばれた無戸籍の少年、蓮司(れんじ)がいた。ホストとホステスの両親にネグレクトを受け、戸籍もない。学校にも行けず、夜の街をさまよっていたが、歓楽街の人々の人情に支えられ、認められる存在になっていく。
自身、パリで生活して約15年。14歳の長男との2人暮らしで、家事や料理をこなしながら作家活動をしている。そんな中、日本で取り沙汰される児童虐待や子どもの貧困のニュースが気になっていた。カトリックの影響の濃いフランスでは、隣人を愛し、他人の子も自分の子のように守る意識が強いという。子どもに何かあれば、社会全体で介入もする。「今の日本の子どもに起きている痛ましい事件は、フランスでは考えられない。僕は一人の父でもあるから、書かないといけないと思った」
1997年に芥川賞を受賞した「海峡の光」に、作品のモチーフを重ねている。同作は、函館の刑務所という小さな箱庭に日本の社会を投影した。今回はそれを、実家があり、幼い頃に過ごした博多を舞台に再び描いたという。「フランスに負けないくらいの人情のある場所を考えた時に、博多が思い浮かんだ。この人たちだったら、『真夜中の子供』を救うことができると思った」
博多祇園山笠の「オイサ、オイサ」とかけ声をあげる舁(か)き手たちの熱気もつづられる。「話を聞く中で、博多の人情は山笠という神事に根ざしていると感じた」。山笠を運営する一つ「中洲流(ながれ)」の人たちに原稿を見てもらった縁などで、今月あった博多祇園山笠に参加し、台上がりをした。
作家のほかにミュージシャン、映画監督、演出家など様々な顔を持つ。長男の勧めでユーチューバーとしても活動し始めた。「なぜこんなに人気があるのか、分析したほうが良いと思うんです。それが時代を知るということ。文学だって進化しなければいけない」
来年で作家生活30年。自分にしかできない文学を追究していくつもりだ。(宮田裕介)=朝日新聞2018年7月25日掲載
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