血の轍(1) [作]押見修造
底にガスでも溜(た)まっているのか、穏やかな池の水面に不気味な泡がわき、弾けては消えてゆく……本作を読んでいて、偽りの安定をビジュアル化した光景がふと浮かんだ。
子離れしていない母・静子と物静かな父、親子3人で暮らす中学2年の長部静一。その日々は平穏だが、彼の聞きわけのよさが気にかかる。一体、どこまでが本当の彼の意思なのだろう? そう思ってしまうほど母子の距離が近く、窒息しやしないかと不安になる。トーンを使わずストロークの短い線で繋(つな)いだ背景もその不安を増幅させる。何も起きていない段階で、ここまで不穏な空気が描けるものだろうか。その凄(すご)みに震える。
静子は小さな自分の帝国を脅かすものに敏感だ。そのバランスを揺るがす因子が見えたとき、静一が見ている前で自ら衝撃的な秘密を作りだす。その秘密は今後、静一の意識下にどのような支配を及ぼしていくのだろう?
いわゆる毒親に分類されるであろう静子だが、彼女にも親がいるわけで、その親も毒親である可能性がある。彼女の過去を示唆する描写がその想像を加速させる。一見、幸福に見える家庭に刻まれた深い轍(わだち)。誰かがどこかで止めない限り、途切れることはない。=朝日新聞2017年10月1日掲載