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科学で見る人間の歴史 壮大な視野で「20万年」見直す

スイス・ジュネーブ郊外にある世界最大の粒子加速器LHC。宇宙の謎に迫る=欧州合同原子核研究機関(CERN)提供

 ぼくはよく、地球の歴史をスカイツリーにたとえる。地球の年齢46億年を高さ634メートルに換算するのだ。すると、現生人類であるホモ・サピエンスが登場してから20万年の歴史は、スカイツリーの先端に取り付けられた長さ2メートル(1450万年に相当)の避雷針の先っぽ2・8センチに収まってしまう。つまり、避雷針の先っぽについて語ることが、人類の歴史を語ることになるのだ。

偏向した時間割

 それはまさに人間中心主義的な見方だが、それだけでいいのだろうか。そんな反省から登場した史観が、デヴィッド・クリスチャンが始めた「ビッグヒストリー」プロジェクトである。これは地球の歴史どころか、138億年前の宇宙の起源から説き起こす壮大な目論見(もくろみ)である。歴史の教科書にビッグバンが登場することだけでも、スケールの大きさがわかる。
 2004年のクリスチャン最初のテキスト出版からプロジェクトは発展を遂げ、新しい大部なテキスト『ビッグヒストリー』がこのたび翻訳された。これに先立って出版されたクリスチャンの単著『ビッグヒストリー入門』(渡辺訳、WAVE出版・1944円)は、アクティブ・ラーニング用に適した副読本にあたる。
 冒頭で地球史における人類史の矮小(わいしょう)さを強調したが、人類史においても時間割は偏向している。人類史では狩猟採集時代が19万年を占め、農耕時代は1万年、近代はわずか250年にすぎないのだ。
 人類は農耕時代に入ったことで、それ以前よりも不自由になったと喝破したのはユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』(柴田裕之訳、河出書房新社・上下各2052円)だった。そして、人々を縛るために社会制度、宗教、科学技術が生み出されてきたとも。
 今や人類は、地球に君臨する傍若無人な存在である。地球の相貌(そうぼう)を一変させた近代は、新たな地質年代「アントロポシーン」(人の時代)として区分すべきだという主張まである。仮に、スカイツリーは避雷針の先っぽのために建設されたという言い方を許すなら、20万年の歴史をもつ人類は、わずか250年のために登場したことになる。

社会変える発明

 その近代における科学の発展は、資本主義が推進したと、前出のハラリは書いている。そして科学技術が、社会を変えてきた。一つのイノベーションが予想外の波及効果を及ぼすそのような因果の連鎖を、ジョンソンは『世界をつくった6つの革命の物語』で「ハチドリ効果」と呼ぶ。植物と昆虫は、吸蜜と受粉という互恵関係をバネに進化してきた。そこに、空中を自在に移動しながら蜜を吸うハチドリが進化した思いもよらぬ連鎖反応にたとえたのだ。
 ジョンソンは、ガラス、冷たさ、音、清潔、時間、光をキーワードに、社会の変革を語っている。ガラスの発明は眼鏡や望遠鏡を生み、ひいては光通信のインターネットにつながった。クーラーの発明は、アメリカの地理的な人口分布を変え、大統領選にまで影響を及ぼすに至った。真空管の発明はラジオ、拡声機を通じて黒人ミュージシャンの地位向上をもたらす一方、ヒトラーの台頭をも許した云々(うんぬん)。
 ムロディナウはカリフォルニア工科大学の理論物理学者にして「新スタートレック」の脚本も書く作家である。『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』は、知りたいという欲求から始まった人類の旅を、ホロコーストを偶然生き延びた父の生涯と重ね合わせることで、科学は無味乾燥な自然法則のみならず、人生の意味を知ることにもつながると語る。人類の意味、人生の意味を知るには、壮大なスケールと身の丈のスケール両方の視点が必要なのだ。=朝日新聞2017年2月26日掲載