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本で「つながる」 人生が変わり、世界も変わる?

1963年のとある読書会。どんな言葉が交わされているのだろうか

 最近「つながる」という言葉は、電子メディアにばかり使われている気がする。面識のない相手とフェイスブックで気軽に「友だち」になる一方、そのネットワークから外れれば、あっけなく絆は失われる。そんなことに思い致しつつ、人と人をつなぐ本を紹介したい。

悶絶する文豪

 累計2万2千部という話題の『〆切本(しめきりぼん)』。原稿の〆切ほど、人と人が生々しくぶつかりあう場があろうか。〆切は戦場であり友愛の場でもある。編集者は最初の読者であり、最初の批判者でもありうる。本書は、夏目漱石、太宰治、藤子不二雄(A)、村上春樹、西加奈子まで、90人の作家による〆切エッセイなどを収録。原稿を取る編集者は、ときに刑事に化け、ホテルで居留守を使う作家を追いつめる。作家も手詰まりの挙句(あげく)、高野山に立て籠(こ)もる谷崎潤一郎あれば、「殺してください」と申し出る井上ひさしや、自分の心の中に悪魔が住んでいると宣(のたま)う田山花袋ありで、ほとんどオカルトものだ。編集者はエクソシスト(悪魔祓〈ばら〉い)か?! 当たらずといえども遠からず。土砂降りのなか雷鳴と共に担当者が催促に駆けこんでくると、横光利一が格子に頭を叩(たた)きつけ「うーん、うーん」と悶絶(もんぜつ)する怪奇な一幕もある。そう、書き手は心に憑(つ)いた魔を、書くことで外に出さなくては生きられない。その「祓い」をしてくれるのが担当者なのだ。本書にも、担当者のために書くと言う作家が、川端康成をふくめ大勢いる。

夫婦に新境地

 中島京子の家族小説『彼女に関する十二章』は、伊藤整の随筆『女性に関する十二章』(中公文庫電子書籍・378円)とほぼ同タイトルの12章を据えた本歌取りの傑作だ。編集会社経営兼作家の夫と五十路(いそじ)の妻・聖子。夫の資料である伊藤の随筆を聖子も読み始めたときから、人生が変わりだす。初恋に関する一文を読んだ後、聖子は他界した知人男性の息子にたまたま会うことになり、やはり幼いときに抱いたあの感情は「初恋」だったと認識する。本が人と人の関わりに影響し、人生の変化が逆に本の読み方を変える。そうしてこの夫婦は控えめながら中年の新たな境地を迎えるのだ。政治風刺も随所でぴりっと効いて、伊藤整と男性に対する批評的コメントがまた爆笑もの。本を通して人と人が結びつくという点では、柚木麻子の古典少女小説への愛が漲(みなぎ)る『本屋さんのダイアナ』(新潮文庫・680円)と並んで近年の私的ベスト。
 今年は『アウシュヴィッツの図書係』(アントニオ・G・イトゥルベ著、小原京子訳、集英社・2376円)という翻訳書も出たが、人は極限の状態でも、本を読む。言葉と想像力は人間の尊厳と生命力の礎だ――『戦地の図書館』は第2次大戦中、米国で発刊された「兵隊文庫」の活動を詳しく伝える。書物の威力を知っていたからこそナチスは1億冊もの本を焚書(ふんしょ)・発禁とし、米軍はそれを上回る1億2300万冊余の本をペーパーバックにして戦地に送り続けた。日本が贅沢(ぜいたく)を封じていた頃、米国兵は戦地でヘミングウェイやディケンズを読んでいたのかという感慨もさりながら、衝撃的なのは米国の選書方法だ。例えば『They Were Expendable(兵士は使い捨て)』という体験記が真っ先に「必須図書」に選ばれた。日本軍とのフィリピン戦で米兵が捨て駒として消耗される現実を描く作品だ。「自分たちがなんのために戦っているのか知る権利が、兵士にはある」と軍も検閲に抗して主張した。
 知り考えることで、意味のない戦いを避け、平和の早い訪れを願う。こんな考えを現在の米国も世界中の国も持っていたなら、「聖戦」という幻のもとに無数の命と人間性が失われることもないだろう。しかもこんな選書は文学に対する信頼がなければできない。文学にふたたび力を、と願わずにもいられない。=朝日新聞2016年10月23日掲載