沖縄の海が好きだという会話から一歩踏み込もうとする時、そこに高い壁があるのを感じる。沖縄の歴史問題はいまだに目に見える形で残っていてあまりにも生々しく、気軽に口にすることがためらわれるのだ。
沖縄について私たちはどのように語ることができるのか。そのことについて考えさせられた2冊を紹介したい。
『断片的なものの社会学』の著者による『はじめての沖縄』(岸政彦著、新曜社)は「ナイチャー(内地の人)」が沖縄を語ることがいかに難しいか、ということを等身大で語った本だ。著者の個人的な体験をもとにつぶやくように語るその語り方は、沖縄について考えはじめた人にとって親しみやすく感じられるだろう。
ところがこの本はじつはそんなに優しくない。著者はかつて沖縄にハマりはじめた頃の自分を「沖縄病」だったと振り返る。沖縄を愛するあまり、沖縄愛のディープさを競い合うナイチャーの態度は恥ずべきもので、それは欲望の対象としてしか沖縄を見ていないと断罪するのだ。沖縄を表現するとき、私たちはきわめて自省的かつ禁欲的でなければならないのだと。
沖縄の独自性を、単なるラベリングやイメージに還元しないこと。それは実在するのだ。しかし同時に、そうした独自性を、亜熱帯や「民族的DNA」に還元するような本質主義的な語り方を、一切やめること。そして、できるだけ世俗的に語ること。
「抵抗するウチナンチュ」のような、安易な、ロマンティックな語り方をやめること。しかし同時に、沖縄の人びとの暮らしや日常のなかに根ざしている、日本に対する違和感や抵抗や「拒否の感覚」を、丁寧にすくい上げること。
これまでの定型的な話法からはみ出すような、沖縄の人びとの多様な体験や、基地を受け入れさえするような複雑な意思を、そのままのかたちで描きだすこと。さらに、そうした多様性を、沖縄と日本との境界線や、日本がこれまで沖縄にしてきたことの責任を解除するような方向で語らないこと。
筆者が述べるこれだけの厳しさをもってはじめて、沖縄を語ることがゆるされるのだとしたら、途方にくれる人もいるかもしれない。そう、本書はタイトルの親しげな雰囲気に惹かれた読者の安直さを叩きのめす一冊だったのだ……! などと書くと、本書への批判に聞こえかねない。だが、沖縄をリゾートとしてのみ消費し、「けっきょくは基地経済だよね」などと訳知り顔に語る人がたくさんいる内地で、この本に書かれている倫理はいまだ共有されていない。だから本書は読者に厳しく自省を求めるのだ。
上記をふまえて、沖縄をこのように描くことができるのか、と感銘を受けたのが『宝島』(真藤順丈・講談社)だ。本作は戦後の沖縄に実在した「戦果」(アメリカ軍からの物資略奪)や石川・宮森小学校ジェット機墜落事件などさまざまな事件を題材にし、「戦果アギヤー」と呼ばれた若き窃盗団の生きざまを描いた長編小説だ。島全体が飢えていた時代、米軍から盗んだ薬や食べ物を人々に配りあるいた英雄オンちゃんのことから語り始める本書は、その実弟のレイ、親友のグスク、恋人のヤマコを中心に据え、沖縄の受難の数々を壮大な物語に昇華した大作だ。
本書には作中でも言及されるように叙事詩的な印象がある。たとえば冒頭でオンちゃんはこう描かれる。
雄々しい眉毛、角張ったあご、その美らになびく黒い髪。 夜空の高みで弾けた閃光が、オンちゃんの相貌をまばゆく照らしだす。 この島の最良の遺伝子で創られたウチナー面が、燃え上がるような喜色を浮かべていた。(P5)
またそんな彼を愛するヤマコの美貌にも比喩が多用される。「地球よりも重力の軽い星で育ったみたいに手足が長くて、肘にからまるつややかな黒髪でなら千の夜を織りあげることもできそうだった」。これらの古典的でロマンティックな表現は、ここだけを見れば沖縄の過剰な美化のように感じられるかもしれない。しかし戦果アギヤーの生活についてオンちゃんが「こんなの長つづきするわけないさ」と自嘲するとき、これが単純な英雄譚ではないことが予言されている。
愛憎渦巻く複雑な人間模様は暴力的で生々しい。主人公たちは過ちを犯すし、時に立場を違えて反発し合う。作中で描かれるのは、単一な沖縄像ではない。ヤマコが本土復帰のデモをしている時、レイは「本土復帰がそんなにいいかねえ」と言う。
おれは最近、思うんだよな。ほんとうに目の仇にしなきゃならんのはアメリカーよりも日本人(ヤマトンチュ)なんじゃないかって。デモで声を上げるのが民主主義の基本だなんて復帰協は言うけど、この島の人権や民主制はまがいものさ。本物のそれらはもうずっと、本土のやつらが独り占めにしてこっちまで回ってきとらん(P239)
また、物語の語り手も感情的で、しばしば沖縄の言葉が飛び出す。
太陽! 海! 酒盛り(スージ)! 唄と踊り! この島で生きたことのあるものならそれらのすべてに驚嘆の声を上げずにいられないはずさ、あきさみよう!(P33)
安易な定型はここにはない。雑多な声が飛び交う構造によって描かれる沖縄は多様で豊かで、とにかく惹きこまれる。この夏必読の一冊だ。