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唐田えりかさん「寝ても覚めても」インタビュー 原作のフレーズ書き連ねて演技開眼(山路ふみ子映画賞・新人女優賞) 

文:岩本恵美、写真:佐々木孝憲

 人は人の何に惹かれて恋に落ちるのか――。
 「当然、中身でしょ」と自信をもって即答したいところだが、「果たしてそうなのか?」という疑問を投げかけてくるのが、柴崎友香の小説『寝ても覚めても』だ。

>原作の柴崎友香さんによる撮影裏話はこちら

 ミステリアスな男・麦(ばく)と出会い、瞬間的に恋に落ちた朝子。とらえどころのない麦との恋に心を躍らせる朝子だったが、しばらくして麦は何も言わずに姿を消してしまう。数年後、東京に出てきた朝子は麦と瓜二つの亮平と出会い、新たな恋が動き始めるが……。顔がそっくりだから好きになったのか。そんな疑問が朝子の頭をよぎる。

 濱口竜介監督自らが熱望して映画となった本作で、ヒロインの朝子役を務めるのが唐田えりかさん。本作が本格的な映画デビューとなった。ヒロイン役というからには、さぞ意気込んでオーディションにも臨んだのだろうと想像していたが、意外にもオーディションの時は気が抜けていたと振り返る。

 「いつもオーディションの時は『獲るぞ!』って、けっこう力んでいくんですけど、なぜか『寝ても覚めても』の時は作品についても全く知らない状態で、『ゆったりでいいか』というテンションで不思議といれたんです。濱口監督にも初めて会ったのに世間話をする感じで、演技について質問された時には『あんまり楽しいって思えていないです』って本音を言ってしまっていたくらい(笑)」

 オーディションの手応えは全く感じていなかった。だが、次の日に脚本に目を通して、後悔したという。

 「こんなに面白い脚本だったなんて……と。もっとちゃんとやればよかったと思いましたね。初めて脚本を読んだ時から、朝子を自分として読めて、感情移入ができたんです。脚本を読んで涙が出てしまうくらい。そういう感じは本当に初めてでした。朝子の取る行動を理解できない人もいると思うんですけど、私はそこに一つも疑問を感じずに読めたんです。だから、オーディションの結果が出るまで、ずっと『受かっていればいいな』と思っていました」

 そんな唐田さんの思いは届き、見事、朝子役を射止めた。初の大役ではあったが、自然体で撮影に臨めたという。

 「今までは、『何かを演じる=役づくりをしなくてはいけない』という考えがあったんですけど、濱口監督から『唐田さんの体から出てくるものやセリフがあれば大丈夫。そういうものがあれば朝子になります』というようなことを言っていただいて。濱口さんがそう言ってくれるなら本当にそうなんだと思えましたね」

©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS
©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

 濱口監督の言葉だけでなく、朝子の恋人、麦と亮平を一人二役で演じる東出昌大さんのサポートも大きかった。

 「撮影に入るまでの準備期間中、東出さんがキャストのみんなをご飯に誘ってくれたり、タメ口で話そうと言ってくれたりして、みんなとの時間を過ごせたのもありがたかったです。まず共演者の方々のその人自身を知ることができて、そこからどんどん役のことも理解していけたので、そういう時間のおかげで安心感や信頼感が出てきました。だから、役づくりというよりは、自然と自分の中で自分と朝子が共同体というか、一緒になったという感覚はありましたね」

 朝子を演じる上では、原作の言葉にも支えられたという。撮影に入る前、原作の中から好きな言葉や支えになりそうな言葉を選んでは、自作の「寝ても覚めてもノート」に書き連ねた。

 「あまり本を読むほうじゃないんですけど、原作の小説は朝子の目に見えたものが事細かく書かれていて、読みながら想像が頭の中でワーッと広がって、想像じゃなくなるというか、自分がそこにいるような感覚に持っていかれました。映画でも、朝子は目で見えるもの、見えたものを大事にしているところがあって、原作からヒントをもらったり、救われたりすることもたくさんありましたね」

 「寝ても覚めてもノート」の中で印象的なフレーズを尋ねると、迷いながらもいくつか挙げてくれた。

 麦はわたしの前にしゃがみ、わたしにキスした。背中に麦の手の感触がして、驚いた。この人には意思があって、それによって彼自身で動いているのだと、突然わかった気がした。この人はわたしじゃなかった。自分以外の人が、自分のことを思ったり、関わろうとしたり、そのようなことが現実に起こるなんて、予想もしていなかった。
 夏は、天気が悪かった。雨でも晴れても、蒸し暑いときも残暑のときも楽しかった。

©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS
©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

 恋をするとかかってしまう、魔法とも呪いともいえるような、目に見える日常の世界を変えてしまう不思議な力を感じるフレーズが多い。

 「ふだん知っているはずのことなのに、柴崎さんが書くと、『ああ、そうだよな』って思い知らされるというか、当たり前のことのはずだけど、特別に感じるというか。当たり前が当たり前じゃなかったみたいな感じになるんです。そういう発見もたくさんありました」

 発見は原作の小説の中だけにとどまらない。映画「寝ても覚めても」を通して、唐田さん自身にも新たな発見があった。

 「私、ずっと演技に対して苦手意識が強くて、前向きになれなかったんです。でも、『寝ても覚めても』から、徐々に自然と不安がなくなっていって。感じたままに演じることができて、濱口監督にはお芝居の基盤を教わったという感じです。それからは、演技に対してすごく前向きになれて、もっと知りたいし、もっと楽しいって思えるように頑張りたくなりました。上手くできない時も、前の自分だったら『やっぱり向いてないから、自分はやるべきじゃない』ってなっていたと思うんですけど、今は『何でこうなんだろう』って自問自答しています。上手くできなくても、次につなげていこう、次に生かしていこうと、先を見るようになりました」

 演技が苦手でも二十歳になるまでは頑張ろうと決めていた唐田さん。十代最後の夏に出会った『寝ても覚めても』で、役者としての何かをつかんだ。人生も恋も何があるかわからない。そういう意味では、朝子が物語終盤で取った行動もかなり衝撃的だ。

 「朝子が最後にした行動は、彼女にとってはその行動があってこそ幸せになれるのだと思います。誰もが朝子のようにはできないと思いますけど、映画を見た人には自分の中にある感情を押し殺さずに自分を大事にしてほしいと思いますね。相手を大事にすることも大切だけど、まず自分を大事にしないときっと相手を大事にできませんから」