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感情を暴力ではなく、言葉と音楽で表現したかった kamui(TENG GANG STARR)

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

 近年、日本のヒップホップシーンでは、アメリカのトレンドを独自解釈したユニークなグループが誕生している。TENG GANG STARRはその中でもひときわ注目を集める存在だ。今回登場してもらったkamuiは、自身のステージネームを白土三平の『カムイ伝』からインスパイアされたことを公言している。まずはそこから詳しく話を聞いてみた。

 「ヒップホップを始めた時、カッコいい名前を名乗りたかったんですよ。それで『カムイ伝』の主人公の名前をステージネームにすることにしました。

 『カムイ伝』はめちゃめちゃケンカが強い非人出身の少年、カムイの物語です。でも出自のせいで百姓の子供からすごく差別されるんですよ。最初カムイはなぜ自分より弱い人間からバカにされるのか理解できない。けど、徐々に身分というしがらみの存在を知る。そこでカムイは純粋な力だけの世界を求めて忍者になるんです。けど実はそこもしがらみだらけだったから忍者を抜けて……みたいな話なんですけど、途中から主人公が全然出てこなくなる(笑)。百姓とか武士とか、いろんな人たちの視点から差別としがらみを描く作品になっていくんです。

 最初は図書室にあった唯一のマンガだったからなんとなく読み始めたんですけど、ものすごい衝撃を受けましたね。俺、昔はいつもイラついててケンカばっかりしてたんです。家庭環境もあまり良くなくて。母親の再婚相手とうまくいかなかったり、苗字が3つもあったり。自分ではどうしようもない状況が現実にあって、俺もそういうしがらみから抜け出したかったんです。だからカムイにはすごく共感できました。

 東京に来て、どこかのクラブで初めて名前を聞かれた時、『kamuiです』と言ったんです。その瞬間は本当に特別だった。いろんなしがらみと関係ない、自分の本当の名前を手に入れたような気分になりました」

留置場でニーチェ、吉本隆明、アンドレ・ブルトンと出会う

 だがkamuiは意外にも人生のある時点まではほとんど活字に触れることはなかった。では、いつ、どこから彼は本を読み始めたのか? それは留置場だった。

 「東京に来ても感情のコントロールは全然うまくできませんでした。すでに音楽を始めていたけど、日常生活でムシャクシャしたことがあるとケンカしたり、何かをぶっ壊したりしてしまう。ある日、特に意味もなく選挙ポスターを破いたら、公職選挙法違反で現行犯逮捕されてしまったんですよ。でも、これが思ってた以上に重くて。長いこと留置場で過ごすことになりました。

 これはさすがにこたえました。『音楽をやるために東京に来たのに俺は何をやってるんだ?』って。そんな時、母親が吉本隆明の詩集とニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』を持って来てくれたんですよ。それまで全然知らなかったんだけど、実は母は音楽や映画、文学にすごく精通した人でした。その差し入れてくれた本を読んで、自分のどうしようもない感情も言葉で表現できるんだ、ということを学びました。

 留置場ではアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』も読みました。シュルレアリスムって、現実を突き詰めると超現実というものがあるという考え方なんです。つまり『現実はもちろん、自分の感情すら疑わしいんじゃねえか』っていうか。俺はこれまで現実と向き合ってきたつもりでいたけど、さすがにその域には到達してないな、と思って(笑)。そこから意識というものに興味が湧きました。シャバに出た後、生まれて初めて『誕生日に買ってほしいものがある』と母にお願いした本が『存在と無』だったんです」

 この『存在と無 現象学的存在論の試み』はジャン=ポール・サルトルが書いた20世紀を代表する哲学的な著作だ。kamuiが持ってきたのは1999年に刊行された分厚いハードカバー版。上下巻で合計1万円近くする。中学生で『カムイ伝』を読むというのもなかなかのハードコア読書だと思うが、母譲りの感性があったとしても『存在と無』の難易度は別格だろう。

 「俺は音楽で人生を変えたいと漠然と思っていました。けど、自分の中には『全員死ね』という感情しかない。しかもそれを客観視することすらできない。だから、音楽で人生をどう変えればいいのか、そもそもの部分がわからなくなってしまったんです。そんな状態のまま音楽を続けても、またどこかで暴走して警察に捕まって、みたいなことを繰り返すような気がした。

 だから、知識と言葉を得ようと思ったんです。本を読んで、自分の感情を暴力ではなく、言葉と音楽で表現できるようになりたかった。シュルレアリスムを知ってから思想や哲学とかに関する評論も読むようになりました。その中で、サルトルで出会ったんです。

 この人、ノーベル賞を辞退して街でアジビラ(アジテーション・ビラ)を配ってたような変人なんですよ。思想家や哲学家なんて、わけのわからないことばっかり言ってる、ブクブク太った偉そうやつだけだと思ってた。けどサルトルはストリートだなって(笑)。

 それでいろんな人たちの論評とか読みながら、この『存在と無』を読んでいきました。実存主義をすごく簡単に言うと『世の中にあるすべての意味を一旦無くして、その何もない状態からまずは始めようや』ってことなんです。

 俺は何もない場所でずっとがむしゃらに生きてきたんです。でもサルトルの実存主義を知って、すごく勇気を持てた。何もない状態でも、未来はある。そこに向かって自分を投げ出せばいい。実存主義とはそういう思想です。俺は自分が音楽で何をすべきかわかりました。俺は学者じゃないから難しいことはわからない。けど、この思想は『俺じゃん』って思えましたね。自分の生き方にフィットするって。地続きというか」

キクとハシのようにものすごいスピードで駆け抜けていきたい

 kamuiの読書体験はとにかくむちゃくちゃだが抜群に面白い。TENG GANG STARRの楽曲に「ダチュラ (DaTuRa) 」という楽曲がある。もちろん村上龍の代表作「コインロッカー・ベイビーズ」からの引用だ。これまでの読書傾向から鑑みると、このセレクトはやや意外に思えた。そんなふうに話を振ってみると……。

TENG GANG STARR - ダチュラ (DaTuRa) prod.3-i

 「最初に吉本隆明やニーチェ、サルトルみたいなのを読んでたから、あまり小説に触れる機会がなかったんです。でも超人になったツァラトゥストラが結局誰とも共感できなかったみたいに、純文学を読み始めて徐々にいわゆる大衆小説みたいなのを読むようになったんですよ(笑)。そこで最初にハマったのは中上健次。で、彼が柄谷行人との対談で、村上龍をディスってるのを読んでたんで、最初はちょっと敬遠してたんです。

 でも何かのきっかけでこの『コインロッカー・ベイビーズ』を読み始めたらもうめちゃくちゃ面白くて。号泣しました。これはまちがいなく自分のオールタイムベストです。読んだ時はもうTENG GANG STARRとして活動している頃でした。俺もなかむらみなみもすごく孤独だったから、主人公であるキクとハシにはすごく共感できました。俺たちは普通の人たちよりもスタートが遅いけど、キクとハシのようにものすごいスピードで駆け抜けていきたいんですよ。この本を読んでいる時、物語と現実が通じ合っていくような体験を初めてしました。

 俺は『鉄コン筋クリート』(松本大洋)も大好きなんですけど、元ネタは絶対これ。だから俺も自分の原点を刻むという意味で、『ダチュラ』という曲を作りました。『やるもやらぬも結局自分次第 / ずっと腐ってた / それもすでに昔 / しがらみFuck It / 黙らす、I Don't Give a Shit / ここから今抜け出す計画はダチュラ』って。TENG GANG STARRはこれからアルバムを出して、俺もソロアルバムを出す。どんどん自分たちの音楽が広がって行ってほしい。だけど原点にあるのは『ダチュラ』。『みんな死ね』『全部燃やしてやる』と感じていたあの頃の感覚なんです」

どこかにものすごい瞬間があると信じて読んでる

 TENG GANG STARRには「Livin' The Dream」という楽曲がある。この曲のPVでは冒頭に「ブレードランナー」にオマージュを捧げたであろうロゴが登場する。するとkamuiは「俺、実はSFもすごく好きなんです」と笑いながら最後の一冊を紹介してくれた。

TENG GANG STARR - Livin' The Dream ft. MIYACHI (Prod.3-i)

 「映画『ブレードランナー』の原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』でおなじみ、フィリップ・K・ディックの『ヴァリス VALIS』です。これは晩年の作品で、『聖なる侵入』『ティモシー・アーチャーの転生』とともにヴァリス3部作と呼ばれています。一応、現代にキリストが生まれたらどうなるか、みたいなイメージで書かれてるっぽい。でももう表現の振り幅がめちゃくちゃなんですよ。彼はドラッグに依存してて、結構早くに亡くなってしまう。そのぶっ飛びまくってる感覚が文章になっています。最初のほうは辻褄が合ってないところがあったりするけど、途中から急に物語が加速したりする。読んでてクラクラしますよ。

 今は読みやすい新訳版が出てるけど、俺はこの古いバージョンが好きです。この表紙、カッコよくないですか? この人は他のディック作品の表紙も描いてるけど、どれもめっちゃカッコいい。日本は世界でも稀に見るフィリップ・K・ディック大国で、とにかくたくさん翻訳されてるんですよ。駄作もたくさんあって、そういうのは速攻で絶版になっちゃう」

 kamuiはかなり難易度の高い本を紹介してくれた。すごく馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、どうしても気になったことを最後に聞いてみた。それはどうやったらこんな難しい本を挫折しないで読みきっているのか?ということだ。

 「確かに難しかったり、理解しづらいところもあるけど、どこかにものすごい瞬間があると信じて読んでるところはありますね。そもそも俺はすごくゆっくり読むほうなんですよ。一語一句逃したくない。例えば、ドストエフスキーとかどの作品にも必ずヤバいところがあるじゃないですか。だからいつもそこまで我慢しますね。そういえば俺、『カラマーゾフの兄弟』をまだ読んでないんですよ。人生の楽しみとして、大切に取って置いてるんです(笑)」

kamui / Soredake feat.QN & Jin Dogg (Official Music Video)