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「The KLF」書評 敵は金、一瞬見えた世界の基底

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月01日
The KLF ハウス・ミュージック伝説のユニットはなぜ100万ポンドを燃やすにいたったのか 著者:ジョン・ヒッグス 出版社:河出書房新社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784309279534
発売⽇: 2018/06/26
サイズ: 20cm/266p

The KLF ハウス・ミュージック伝説のユニットはなぜ100万ポンドを燃やすにいたったのか [著]ジョン・ヒッグス

 ザ・KLFはイギリスの音楽ユニット。1990年代初頭に一躍、ポップミュージック界のスターダムにのし上がった。それだけならよくある話かもしれない。だが、彼らがしたことでもっともありえないのは、稼いだ100万ポンド(現在は約1億4500万円)の札に火をつけて燃やしてしまったことだ。本書は、当人たちにもわからなかったその理由について、著者がありとあらゆる知識を動員して代わりに考えてみる、という内容だ。
 手っ取り早いのはアートの一種として片付けてしまうことだ。既存の価値観を破壊する行為は、20世紀の初頭以来、アートの常套手段となっている。おまけに90年代初頭は、イギリスからYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と呼ばれる人騒がせなアートの動向が生まれた頃に当たっていた。だが、彼らはそんな便利なアートさえはっきりと拒んだ。YBAの登竜門となった美術界の国民的栄誉、ターナー賞の受賞者を、発表の中継直前にテレビのコマーシャル枠を買い、賞金の倍の金額を授けて「年間最悪アーティスト」と褒め称えた。結局、彼らの敵は既存の価値観やアートなどではなく「金」そのものだったのだ。
 興味深いのは、著者がこの行為について、91年の冷戦終結からデジタル時代が始まる94年に至る、ごく短く、実相がつかみにくい時期に特有の現象かもしれないと指摘している点だ。価値観を決定するシステムが大幅に変わるとき、一瞬だけ、普段は見えない世界の基底が姿をあらわす。それが「もしかしたら金にはなんの価値もないかもしれない」という根も葉もない予感だった。そんな不安は直ちに打ち消されなければならない。でなければ世界が立ち行かなくなる。だが、彼らは決行した。
 事実、こんな本でも出ない限り、あれほどの人気を誇ったザ・KLF自体がすっかり忘れられているではないか。
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 John Higgs イギリスのテレビディレクター、ジャーナリスト、小説家。ガーディアン紙などに寄稿。