ムンクと聞けば、誰でもあの「叫び」のポーズを思い浮かべられるはず。ノルウェーの画家、エドバルド・ムンク(1863~1944)の、日本では11年ぶりとなる大規模展「ムンク展―共鳴する魂の叫び」が、東京・上野の東京都美術館で開催されます(10月27日~2019年1月20日)。4点現存する「叫び」のうち、瞳のない人物をテンペラと油彩で描いた作品が初来日。油彩や版画など約100点を、画家が描いた主題別に、生涯をたどりながら紹介します。母と姉の死や、人妻との初恋の経験などから、人間の感情を生々しく描き出したムンクという人物に迫る多彩な4冊を、学芸員の小林明子さんに選んでもらいました。
- MUNCH コミックス [著]ステフン・クヴェーネラン
- 詩画集 ムンク ことばとイメージ [著]ベンテ・トリューセン
- イプセン戯曲選集-現代劇全作品 [著]ヘンリック・イプセン
- ノルウェーの歴史―氷河期から今日まで [著]エイヴィン・ステーネシェン、イーヴァル・リーベク
(1)「MUNCH コミックス」は、ノルウェーの作家による、ムンクの伝記マンガの日本語版。女性との別れ話のもつれから起きた銃の暴発で指の一部を失うなど、多くのエピソードを織り交ぜながら、その生涯を紹介します。マンガならではの読みやすい一冊。
「ムンクの人生を知る上で、とてもいいマンガだと思います。このマンガの中で紹介される絵画も、本展に出品されます。ムンクの創作現場やその背景を、想像を含めて再現していて、絵も面白く、内容もコミカルかつ知的です。ムンクは、『叫び』のイメージから、変わった人物に思われがちですが、創作態度は真剣で理知的。セルフプロデュース感覚も持ち合わせ、『地獄の自画像』という作品では、背景に炎を描いて苦悩する画家像を印象付けます。写真のセルフポートレートも手掛け、いわゆる自撮りの撮り方で、自分で手を伸ばして撮っているんです。今展の第1章『自画像』の展示室では、その写真も併せて紹介します」
(2)「詩画集 ムンク ことばとイメージ」は、ムンクの絵画と自身の書いた詩的な文章を収録。言葉から、絵画への想像力を膨らますことができます。文章中の各文字にムンクが色をつけて装飾したものも。日本語訳は美術評論家の粟津則雄。
「ムンクは絵画同様、膨大なメモや日記を残していて、画家にとって言葉は絵画と同じように重要なものだったようです。『叫び』についても、夕暮れの道を歩いていたときに、自然を貫く叫びを聞いたという内容の文章を残しています。『叫び』は、生と死や愛をテーマにした『生命のフリーズ』という連作に属するもので、画家は多くの作品をまとめて展示するという構想のもと、制作活動をしていました。ですので、本展でも共鳴する構図や響きあうテーマを感じながら、全体を鑑賞していただきたいです」
(3)「イプセン戯曲選集-現代劇全作品」。ムンクとも交流があった、ノルウェーの著名な劇作家イプセン。「人形の家」など11の戯曲が収録されています。
「ムンクは精神の病やアルコール依存もあり、孤独な画家というイメージがありますが、生前から作品も評価され、パトロンもいました。画家仲間を通じて、思想家らによる急進的なグループに出会いますが、そこでイプセンとも知り合います。本展出品作の『星月夜』などは、イプセンの戯曲に着想を得て描かれたともいわれます。ムンクは哲学家や文学者と親交をもって、その影響を強く受けたようです。内面を見つめたり、社会のありかたに疑問をもったり。ムンクは、ドストエフスキーも愛読していたそうです」
(4)「ノルウェーの歴史―氷河期から今日まで」は、バイキングの遠征やナチスドイツによる占領など、ノルウェーの歩んできた歴史を紹介しています。
「ムンクは各国を巡って展覧会を開きましたが、パリで印象派に染まることもなく、ベルリンで若い芸術家たちによる新しい芸術運動に加わることもしませんでした。絵画表現に誰かの影響を大きく受けたところがほとんど見られないのです。独創的な表現の根幹は、ノルウェーという国にあるのかもしれません。ムンクは夏になると母国に戻り、海辺で過ごすのが定番でした。『夏の夜、人魚』もその海岸がモチーフです。後半生は、ノルウェーに戻り、明るい画面へと画風が変化していきました。この本が、ムンクの作品を理解する手がかりになるのではと思います」
編集部のおすすめ
ムンクの世界 魂を叫ぶひと [監修]田中正之
前回の大規模展、国立西洋美術館の「ムンク」展(2007年)の企画担当者が監修し、今年9月に出版。ムンクの主要作品や、ノルウェーの旅ガイドなどを掲載し、広くムンクのことを紹介しています。ムンクを知る第一歩としての基本書に。社会学者・古市憲寿さんのエッセーなども収録されています。