0歳児をも笑わせる「だるまさん」
会場を入ってすぐに出迎えてくれるのが、累計発行部数900万部を超えた「だるまさん」シリーズの原画やアイデアスケッチの数々。2008年に出版されたシリーズ1作目『だるまさんが』は、「だ・る・ま・さ・ん・が」のリズムに合わせて、愛嬌たっぷりのだるまさんが「どてっ」と転んだり、「ぷしゅー」と縮んだりする様子を描いた赤ちゃん向けの絵本です。コミカルな動きとユニークな擬音語、シンプルな繰り返しの展開で、生まれて間もない赤ちゃんをもとりこにし、「泣く子も笑う」と読者や保育の現場で大きな反響を呼びました。
初期のキャラクタースケッチには、ひげが目立つややいかめしい表情のだるまさんが描かれています。多くの親子から愛されるだるまさんが、何度も練り直した末に生まれたことがわかります。また、だるまさんが空高く飛び、ひゅーんと水の中に落ちていく「だるまさん ぶくぶく」をはじめ、第2期「だるまさん」シリーズとして温めていたラフも複数展示。未完のラフからは、赤ちゃんの認知発達に興味を持っていたかがくいさんの創作意欲や好奇心を垣間見ることができます。
特別支援学校の教員として
高校時代から美術の道を志していたかがくいさんは、東京藝術大学を目指しデッサンに明け暮れますが、3浪の末に進路を変更。1976年に入学した東京学芸大学美術学科では、彫刻に打ち込みました。在学中に養護学校(当時)の教員免許を取得すると、1981年に千葉県の松戸つくし養護学校に着任。以後28年間にわたって教員として障がい児教育に携わりました。
自分のアイデアを形にするのが得意なかがくいさんは、一人一人に合わせた授業プランを考え、その子に合った教材を手作りしました。本展では、肢体不自由の生徒が口にくわえて折った乾麺を材料に作った「パスタ絵本」や、生徒が握った紙粘土をすしネタに見立てて回る台に据えた「おすしの壁かけ」など、かがくいさんが生徒とともに制作した作品や、卒業のお祝いにプレゼントしていた似顔絵なども展示されています。
教員仲間とともに立ち上げた「つくし劇場」では脚本、演出、人形制作を担当し、障がいのある子や小さな子どもでも感覚的に楽しめる、「音・リズム・動き・見立て」をメインにしたユーモラスな人形劇を上演。会場では、音楽に合わせてリズミカルに人形を操るかがくいさんの当時の姿を映像で見ることができます。
様々な資料や映像は、多くの子どもたちを笑顔にするかがくいさんの絵本が、特別支援学校のベテラン教員としての経験に裏打ちされたものであることを物語っています。
81冊のアイデアノート
2005年、50歳で第27回講談社絵本新人賞を受賞すると、受賞作『おもちのきもち』(講談社)で絵本作家としてデビュー。瞬く間に人気絵本作家となり、2008年に5冊、2009年に6冊という異例のスピードで作品を生み出していきます。本展ではデビュー作『おもちのきもち』から没後に刊行された『うめじいのたんじょうび』(講談社)まで、全16作品の原画が展示されています。
原画とともに注目したいのが、大量に残されたアイデアノート。かがくいさんは無印良品の茶色い再生紙ノートを常日頃から持ち歩き、興味をひかれたあらゆるものをメモしたり、新聞や雑誌の切り抜きをはさみ込んだりしていました。現存するノートの数は、1995年から亡くなるまでの約14年分で81冊にも上ります。かがくいさんはノートに書き込んだものを組み合わせ、ラフを描きながら構想を練り、絵本に仕上げていきました。
たとえば『もくもくやかん』(講談社)の始まりは、羽が生えてふわふわと飛ぶ「やかんどり」でした。その後、やかんを手に水を求めて砂漠を歩く少年の写真記事を見たことで、日照りの続く乾いた大地にやかんたちが雨を降らせるという内容に進化していったことがわかります。かがくいさんの頭の中を覗き込むつもりでアイデアノートをじっくり見てみると、絵本の世界をより深く味わうことができることでしょう。
他にも、未完の絵本のラフの数々や、絵本作家を目指す前、表現を模索していた時期に制作したシュールな立体作品、家族のデッサンなど様々な側面から、かがくいさんの足跡をたどります。巡回先の会場規模により出品点数は異なりますが、企画・制作の堀川佳子さんによると、今回の総展示数は約600点で、未完作品についてはこれまでで一番多く展示されているのだそうです。
残された16冊の絵本は、かがくいさんがこの世を去って15年経った今も、一冊も絶版になることなく版を重ね、子どもたちに愛され続けています。おもち、やかん、ふとん、まんじゅうなど、様々なものに命を吹き込み、たくさんの子どもたちを笑顔にしてきたかがくいさん。そのあたたかい人柄まで伝わってくる展覧会です。
【好書好日の記事から】
乳幼児を笑いに笑わせた「だるまさん」 伝説の絵本作家・かがくいひろしの生涯