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アラスカの本物の北風と、ピュアな地球の香り

文・写真:藤巻亮太

 人生で北極圏に行くことって、そうあるだろうか? どんなイメージを抱いているだろう。寒くて、オーロラが出て、シロクマやトナカイやアザラシやクジラが生息していて、大自然が広がっている。それはもう讃えたくなるくらいの美しさかも知れないし、或いは人類はどうやってこんな極寒の地を越えて地球の隅々まで生息圏を広げたのだろう、と思うくらい過酷な環境を想像するかも知れない。

 星野道夫さんの写真とエッセイには、昔から心を引きつけられた。写真展があると聞くと見にいくし、少しスタジオワークに耽りすぎたなと思う時に、ふとエッセイを読み返したくなる。その作品に触れながら呼吸していると、都会にいても大自然の空気を吸っているような清々しい気持ちになるのだ。

 2014年。またしても親友の野口健さんとアラスカを旅する事になった! 提案は毎度毎度、野口健さんで、僕はワトソン君のようにホームズの後をついていく。これがお決まりのパターン。人はやましい事があると北へ行きたくなるらしい、と誰かが言っていた。

 アラスカのアンカレッジで集合する前に、アメリカを少しばかり一人で旅することにした。行き先は二ヶ所、ナッシュビルとニューヨークだ。

 ナッシュビルはカントリーミュージックの聖地、小さな街だが音楽が溢れている。老舗のギターショップがあちこちにあり、運命の一本に出会えないかな、という期待を胸に街を散策した。そこでGibsonのニック・ルーカスモデルというアコギを購入した。最高の一本だ。

 彼女を旅のお供にニューヨークへ行った。アコギがあると一人でも旅は楽しい。お酒でも飲みながらホテルでポロポロ弾いているだけでもとっても幸せな気持ちになる。まるでデートみたいだ。ニューヨークは日向を歩くと自由と創造性の空気に満ちていて、日陰に入ると競争と、自己責任のドライな空気が充満していいる。セントラルパークを歩く犬にさえ同じ空気を感じる。でも何年かに一度、必ず訪れたくなる場所だ。

 さあいよいよアンカレッジへ、今回の旅のもう一つの目的は国際免許で知らない土地を運転する事だ。アンカレッジから車で走ること3時間、マタヌスカ氷河に到着。近寄ると氷の壁がエメラルドブルーに輝いていた。石灰質の泥の中をひたすら歩き回ったおかげで靴はぐちょぐちょ。だけど押され来る氷の塊の先端はそれだけでも巨大な質量というか、パワーを感じた。

 その後、野口健さんと合流、我々はアメリカ最北端のバローという街に行くことにした。ここは陸路では行くことが出来ない、完全に陸の孤島だ。元々は捕鯨の中継基地で、今は油田なのか天然ガスなのかが取れるらしく、人もチラホラいるのだが、正直、「北斗の拳」に出てきそうな寂れてさみしい街だった。真夏に行ったのに真冬並みに寒く、真冬に行ったら目の前の北極海も全面凍結。北極点まで犬ゾリでいけるらしい。興味のある方は是非。

 しかし、こんな北の極地まで来て生活をしている人間の生命力を感じた。星野道夫さんのように腰を据えて北極圏という土地やそこに暮らす人々に向き合ったわけではないので、動物にも会えなかったし、人々との交流もなかった。ただバローの最北端の岬に立って手を広げて風を感じた時、それは北極点から何も遮るものがなく吹き付ける紛れもなく本物の北風だった。身も竦むような冷たい風の中に、物凄いピュアな地球の香りを嗅いだような気もした。

 帰り道、遠くの浜に何かが横たわっているのが見えて近くに行ってみた。そばまで寄ってみると浜に打ち上げられた巨大なクジラの死骸だった。それはまるで、ひたすら茶色く濁った極寒の海を幾年も泳いできた記憶の塊のように見えた。そしてこんな大きな生命の死生も、地球のスケールから見たら一つの波の生滅ほどの出来事なのかもしれない。今改めて、『旅をする木』を読み返してみたくなった。