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奇跡的に美しい青春の終焉 スコット・フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」

Francis Scott Fitzgerald(1896-1940)。米国の作家。

桜庭一樹が読む

 一九一八年末、第一次世界大戦が終結。戦勝国アメリカは狂騒の二十年代(ローリングトゥエンティーズ)に突入した。禁酒法にギャング! ジャズにフラッパーガール! 映画でもおなじみの、華やかなりし年代だ。
 フィッツジェラルドと妻のゼルダは、時代の寵児(ちょうじ)だった。お祭り騒ぎに明け暮れては、都市の喧騒(けんそう)を小説に映す日々。本書は一九二五年に発表された代表作で、奇跡的に美しい小説として、いまなお読み継がれている。
 舞台はNY市郊外。語り手のニックは、中西部の資産家の息子。従軍して心に傷を負い、ひっそり暮らしている。隣の邸宅に謎の青年ギャツビーが住んでいて、夜毎(ごと)パーティーを開いている。そのうち、ギャツビーが経歴、つまり階級を詐称する貧しい白人(プアホワイト)の子であること、裕福な人妻デイジーの独身時代の恋人だったことがわかり……?
 描かれているのは、隣り合う二つの青春の相次ぐ終焉(しゅうえん)だ。一つはニックの憂鬱(ゆううつ)な青春。若くて独身で資産もあるのに、戦場のトラウマから、明るい未来をみつけられずにいる。二つめはギャツビーの慟哭(どうこく)の青春。運と才覚でアメリカンドリームを追ったが、従軍したせいで、夢の恋人デイジーを失ってしまった。戦後もギャツビーは天にのぼる夢をあきらめきれず、ニックのほうは、その天にいながら、もう一歩も動けない。
 周囲の若者も、痛み止め代わりみたいに酒を煽(あお)っては、踊り続けている。まるで落第後のやけっぱちパーティーみたいな乱痴気(らんちき)騒ぎが、この時代のアメリカの苦悩をキラキラと映す。
 噓(うそ)つきのギャツビーは、本物の富裕層のニックから、敬愛されたいと熱望していた。でも、ニックのほうは……。そんな二人の最後の会話が、あまりにも繊細で品の良い筆遣いで描かれるものだから、わたしはたじろいで本を一度閉じてしまった。
 刊行から四年後、世界大恐慌が起こった。パーティーは終わり、スター作家とその妻も表舞台から姿を消したが、閑散として散らかる会場に、この傑作が燦然(さんぜん)と残った。=朝日新聞2018年10月20日掲載