乙一、山白朝子、安達寛高。名前を使い分け、多様な作風の小説を発表してきた中田永一さんが新著『ダンデライオン』(小学館)を出した。中田名義の長編としては、新垣結衣さん主演で映画化された『くちびるに歌を』以来7年ぶり。タイムリープ(時間移動)のアイデアを採り入れた青春ミステリーだ。
1999年、11歳の野球少年・下野蓮司(かばたれんじ)は試合中、頭にボールを受けて意識を失った。病院で目覚めると、そこは20年後、2019年の世界。恋人と名乗る西園小春が現れ、子ども時代と大人時代の1日が交換されたことを知る。一方、20年前に戻った蓮司は、この時のために準備を整えていた。ある事件に巻き込まれた小春を救うためだ。犯人は一体誰なのか――。
完成までには紆余(うよ)曲折があったという。もともと、映画の脚本を想定していた。出資してもらえる会社を探して営業し、改稿も重ねたが、結局見つからなかった。「このまま忘れ去られるのはもったいない」。初稿執筆から5年後、小説として世に出した。 「脚本の時は、予算や尺ばかり気にしていた。小説にしたことで脇役の心情なども自由に書けて、完成度を高めることができた」
11歳の蓮司が、20年後の世界でスマホやETCに戸惑う姿は印象的だ。一方で、未来を知る大人の蓮司は、東日本大震災が起きる前にネット上で警鐘を鳴らす。「エンタメ小説で震災に触れるのは不謹慎かとも思ったのですが、自分が同じ立場なら、どうにかしたいと思う。社会を変えた大きな出来事から逃げないほうが良いと思った」
名前を変えることは「逃げ道」をつくることでもあった。「今も一つ仕事をやっては逃げる、ということを繰り返している感じですかね」。乙一の名で「ウルトラマンジード」のシリーズ構成をしたことが、本作を完成させる創作意欲につながったと感じている。「逃げ道」は、新たな表現の可能性を広げ続けている。(宮田裕介)=朝日新聞2018年10月31日掲載
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