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わたしの鞄を見て! 米澤穂信さんが思春期に出会った映画「ブレックファスト・クラブ」

 初めて見た映画は「キングコング2」ではなかったかと思います。アメリカのアイコンの一つになったキングコングは「2」以降長らく絶えて続編が作られなかったのですが、なにぶん年齢一桁の身には映画の善し悪しなどわかるはずもなく、私はただコングがあまりに哀れで泣きじゃくるばかりでした。それ以降、映画というのはとてもかなしくておそろしいものだと思ってしまったのか、それともどんな小さな町にも映画館の一つはある時代が終わりつつあったからなのか、私は映画を浴びるように見るという経験はしてきませんで、もっぱらVHSを借りてきてブラウン管テレビで見るか、土曜の午後に放映していた海外ドラマ、たとえば「ナイトライダー」や「超音速攻撃ヘリ エアーウルフ」を見るという時期が続きました。

 そんな中で幼い頃に見た映画と言えば、「K9/友情に輝く星」と「グーニーズ」をよく憶えています。前者は犬が可愛かった。後者にはちょっと思い出がありまして、グーニーズというのは悪ガキのマイキーたちが海賊の宝を探す映画なのですが、物語の最後に大冒険の顛末を大人に語るマイキーたちが、自分たちは大ダコに襲われたと主張するんです。ところが、そんな場面は映画のどこにもない。冒険をする以前のマイキーたちであれば、何も語るべきことを持たないがゆえに、タコに襲われたと嘘をつくことは日常茶飯事だったでしょう。しかし、大冒険を経た彼らがそれでも嘘を言うのがどうも腑に落ちなかった。

 大人になって、そういえばこれは好きな映画だったとDVDを借りて特典映像を見て、初めて真相がわかりました。大ダコに襲われる場面はたしかにあったのですが、蛇足(蛸足ですが)だったためか、カットされてしまっていたのです。マイキーたちは最後に至ってもなお嘘をつき続けたのではなく、単にその場面が映像に映らなかっただけだったのだ……そう知って、長年の心の澱が流れていくような感覚がありました。とっくにぜんぶ知っていたつもりの映画でも、改めて見ることで新しいことを知った。学びて時に之を習う、また楽しからずや、といったところです。

 「ウォー・ゲーム」に「アンタッチャブル」、「レマゲン鉄橋」に「眼下の敵」……二十歳までに好きだった映画と言われて思いつくままに並べると、私も結構、いわゆる男の子が好きそうなものが好きだったんだなと改めて思います。しかしいま一作選べと言われたら、私は首を傾げながら、「ブレックファスト・クラブ」を挙げるような気がします。

 自分がどうしてこれを見たのかというのも、実はよくわからない。私だって、先ほど列挙したような映画が好きだというひとが、学校という小世界の力学にとらわれた五人のティーンが不器用に気持ちを重ね合わせていく映画を見るということ自体なんだか不思議に思います。実を言えばお話も細かいところまで憶えているわけではありません。それでもこの映画をいちばんに挙げるのは、たったひとつ、どうしても忘れられない場面があるからです――五人のティーンの一人、スクールカースト論で言う「ゴス」、つまりいわゆる「不思議ちゃん」枠とでもいうような女の子が、突然カバンを開ける場面です。わたしを見て、わたしの鞄の中身を見せてあげる、みんなも興味があるでしょう? と言わんばかりに、彼女は突然カバンを開ける。これが、衝撃的だった。こわばって解きほぐすことも出来なくなったような自意識がカバンを開けるというつまらない行為で爆発する滑稽さ、わたしの一大事はあなたの一大事であると信じて疑わない痛々しさに、思わず目を背けました。

 ……でも、その滑稽さや痛々しさを、映画の中の彼らは誰も笑いません。なぜなら、たぶん彼らも心のどこかに、カバンを開けて「ねえ、見たいでしょう?」と言いたくなる衝動を抱えているからなのです。

 それ以来私はどこかで、自分はカバンを開けているだろうか、と考え続けているような気がします。胸のうちを切り売りするような毎日の中で、みんな私のカバンの中を見て、ねえ見たいでしょう? と思ってしまってはいないか。あるいは、いまこそカバンを開けるべきという時に、その行為の持つ本質的ないたましさに怯んでしまってはいないか。好きな映画を繰り返し見ることはままありますが、私は「ブレックファスト・クラブ」を、実は一度しか見ていません。もういちど見ることが、こわいような気がしてならないのです。あのいたましさをもう一度見ることがおそろしい……そしてそれ以上に、いまの私がそれを感じ取れなくなっているかもしれないと思うと、ためらってしまうのです。

 そう考えると、私にとって映画とは、やはりかなしくておそろしいものなのかなと思わなくもありません。