プロローグ 手入れ #2
レノックス・アヴェニューを北上し、マウント・モーリス・パーク歴史地区の優雅なブラウンストーン造りの建物のまえを通り過ぎながら、マローンはその地の小さな神々を崇める――エベニーザー福音礼拝堂の二本の塔。日曜日にはその礼拝堂から天使が歌う讃美歌が聞こえる。さらにエフェソス・セヴンスデー・アドヴェンティスト教会のよくめだつ尖塔が見え、さらにその一ブロックを進むと、〈ハーレム・シェイク〉がある。と言っても、“ハーレム・シェイク”の掛け声で一斉にみんなが街中で踊り出すあれではなく、市(まち)で一番のハンバーガーを出す店のひとつだ。
死んだ神々もいる――歴史のある〈レノックス・ラウンジ〉。イコンのような看板。赤い店構え。すべてが歴史だ。この店ではビリー・ホリデイが歌い、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンが吹いた。さらに作家のジェイムズ・ボールドウィンやラングストン・ヒューズ、それにマルコムXもこの店の常連だった。今は閉ざされている。窓は茶色い紙で覆われ、ネオンも消されたままだ――ただ、再営業されるという噂もないではない。
マローンは懐疑的だが。
死んだ神々が甦ることはない。甦るのはおとぎ話の世界でだけだ。
一二五丁目通り――別名ドクター・マーティン・ルーサー・キング・ジュニア・ブルヴァード――を越える。このあたりは都市の先駆者と黒人の中流階級によって高級化され、全米不動産協会によって“ソーハー”と命名された。マローンには、こうした合成語はどんなものも昔ながらの近隣の弔鐘のように聞こえる。ダンテの『神曲』の中の地獄(ヘル)の最下圏を買うことができたら、不動産業者はきっと“ローヘル”とでも名づけ、ブティックやコンドミニアムを量産することだろう。
十五年前、レノックス・アヴェニューのこのあたりはシャッター街だった。それが今はまた新しいレストランやバーやサイドウォーク・カフェができ、地元の富裕層が食事をしたり、白人が“今”を感じたりしにやってくる流行りの一帯になっている。そのため、新しく建てられたコンドミニアムの値段は二百五十万ドルにも跳ね上がっている。
ハーレムの今のこのあたりについて知っておく必要があるのは、〈バナナ・リパブリック〉が〈アポロ・シアター〉の隣りにあるということぐらいだろう。土地の神々と商売の神々のどちらかに賭けなければならないとなったら、それはいつだって金に賭けたほうがいいに決まっている。
さらに北上すると、公営住宅の中に今もまだ貧民地区(ゲットー)が残っている。