プロローグ 手入れ #3
マローンを乗せた車は一二五丁目通りを渡り、〈ジニーズ・サパー・クラブ〉が地下にはいっているレストラン〈レッド・ルースター〉のまえを通る。
〈アポロ・シアター〉ほどではないにしろ、神殿はほかにもある。そのどこもがマローンには聖なる場所だ。
ベイリー斎場でおこなわれた葬儀には何度も出席し、レノックス酒店では一パイント瓶を何本も買い、ハーレム病院の緊急治療室では傷を何針も縫ってもらったこともある。フレッド・サミュエル遊技場のヒップホップ・スターのビッグLの壁画のそばでバスケットボールをしたことも、〈ケネディ・フライド・チキン〉の防弾ガラス越しに料理を注文したこともある。通りに車を停めて、子供たちが踊るのを見たこともあれば、屋上に上がってマリファナを吸ったことも。フォート・トライオン・パークから朝日が昇るのを見たことも。
今はもういない昔の神々――〈サヴォイ・ボールルーム〉と〈コットン・クラブ〉。ともにマローンが生まれたときにはもうなかったが、ハーレム・ルネサンスの亡霊は今もこの界隈をさまよっている。かつてここはどういうところだったのか、そのイメージを彷彿とさせつつ、もはや二度と同じようにはならないことを人々に教えている。
それでも、レノックス・アヴェニューは今でも生きている。
実際、振動もしている。レノックス・アヴェニューの端から端まで、通りに沿って地下鉄が通っているからだ。マローンはその二番線の電車によく乗ったものだ。当時、その線は“ビースト”と呼ばれていた。
今のレノックス・アヴェニューは〈ブラック・スター・ミュージック〉にモルモン教会に〈アフリカン・アメリカン・ベスト・フード〉。そんな通りの端までやってくる。そこでマローンは車を運転しているルッソに声をかける。「そのブロックをひとまわりしてくれ」
フィル・ルッソはハンドルを左に切って一四七丁目通りにはいり、ブロックをぐるっとまわる。七番街を南下し、もう一度左折して、一四六丁目通りにはいり、オーナーに見捨てられ、所有権がネズミとゴキブリに移された安アパートのまえを通る。オーナーはそうやって住人を追い出すことで、ヤク中がこっそり中にはいり、火事を起こしてくれることを祈っている。保険金をせしめ、敷地が更地になることを。
一石二鳥になることを。