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チベットと仏教と橋と粉雪

文・写真:藤巻亮太

 2016年、チベットを旅した。日本から四川を経由してラサへ、飛行機で着陸するとそこはもう標高約3500mとかなりの高地だ。つまり、いきなり富士山レベルの場所に降り立ってしまうのだ。当然、一番に注意しなければならないのは高山病であり、とにかく無理をせず行動し、旅程は長く取ることがおすすめだ。

 チベットに行こうと思ったのは、僕の写真の師匠で、写真集『Sightlines』の編集をしてくれた建築カメラマンの小林浩志さんと、チベットに行って写真を撮ってみたいね、と話したのがきっかけだ。その流れで小林さんに、角幡唯介さんの『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』という本が面白いとおすすめしてもらった。読んだら冒険の息遣いや緊張感がヒシヒシ伝わってきて、一緒に旅の浪漫を共有しているような感覚になり、とってもワクワクさせられた。もちろんチベットに行く目的は、地図に載っていない空白地帯を旅するような一大アドベンチャーではなかったが、学びの多い旅となった。

 僕は「日日是好日」という2枚目のアルバムをつくってから、「禅」そして仏教の成り立ちに興味を持った。仏教はインドで生まれ、中国を経て日本へ伝えられた。東へと伝えられる中で、時の権力者の思惑や、当時の民衆の魂の救済のあり方によって、つまりその土地に根ざし、支持を得るために、様式が多様化しカスタマイズされていったことが想像できる。

 元々、お釈迦様は経典を残しておらず、そのお弟子さんがお釈迦様の口伝の対機説法を編纂していったので、そのように解釈の幅を持ちながら広まり伝わっていったのかもしれない。そして現在、僕たちが日本で接している仏教は、インドで生まれたオリジナルの仏教とは表面上は違うものになっているのかもしれない(本質は一緒なのかも知れないが)。

 そんな中で、チベットでは原初に近い仏教が残っていると聞いたので、日本語の大変上手なガイドさんとともに様々な寺院を回った。そしてチベット仏教について様々なことを教わった。

 中でも最も心に残ったお話は、親が子供に一番最初に伝える教えについてだ。それは「まず植物と動物を労わり施しなさい」という教えだ。その本質は何かというと、人間に何かを施したり与えたりすると、どうしても見返りを求めてしまう。「あげたんだから返してよ!」って感覚が心に生まれてしまう。だけど植物や動物に何かを与えても、自分の思い通りにはまず何も返ってこない。

 つまり、ただ与えることを学ぶのである。まずは自分の中にあるものを誰かに、何かに与えた時点で既にゴールなのであるということを幼少期から教えるのである。その先は自分の手から離れた世界であって、そこから何かを返して欲しくなる気持ちから人間の苦しみが始まると言うのである。僕にとっても実に身につまされる話で、チベット人のおおらかさから学ばせて頂いた。

 さて、チベットはひたすらに広大な高原地帯だ。車で走って街を回ったが、実に至るところに造りかけの橋が多いことに気がついた。中国からの資本が入ってきて、チベットは様変わりをしている最中のように見えた。

 なぜ橋を架けるのか? どうしてそこに架けるのか? その橋を誰が渡るのか? 何を繋ごうとしたのか? 結局、この旅で一番考えたのは「橋をかける」という行為についてだ。それは、音楽をつくることは橋を架けることに似ているとどこかで感じていたからだろう。ただ実際の橋は、様々なマーケティングをして一番効率的に、そして便利な場所に架けることができるが、音楽の場合はそれが果たしてできるのだろうか・・・・・・。

 この旅でとっても嬉しかったことがあった。それはガイドの女性と話しているうちに音楽の話になって、彼女の口から「粉雪」というワードが漏れた時に、僕はひっくり返るほど驚いた。つまり「粉雪」を知っていたのだ。このチベット高原の果てで、僕らの音楽を知ってくれる人がいたことに深く感動した。改めてドラマ「1リットルの涙」(粉雪は挿入歌だった)の影響力の凄さを感じたし、そのガイドさんに向かって小林さんが、「その曲、この人が歌ってるんだよ」って言った時の彼女の驚きの顔が忘れられない。若干鼻が伸びたし、かなり満更でもないような顔を自分もしていただろう。仕方ない。それからかなり彼女のアテンドが優しくなった(笑)。

 僕は、チベットまで橋を架けるつもりで「粉雪」をつくったつもりはない(もちろんどこまでも届いてほしいという願いはいるもあるけど)。しかし音楽の橋は、途中からは聴いてくれる人が自ずと架けて繋いでくれていくものなんだと実感させてもらった。