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どうでもいいことが創作に 後藤正文「凍った脳みそ」

 イイ感じのドキュメンタリーで見かけるミュージシャンは、曲作りに煩悶(はんもん)し、撮影隊を「ちょっと出ていってもらっていいですか」などと牽制(けんせい)したりしている。スタジオ=張り詰めている、とのイメージは、この手の映像によって強化される。
 だが当然、張り詰めていない時もある。アジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文がスタジオで何をしているかといえば、黒いはずのアンプがカビで白くなったのを見て、高校時代、野球部の先輩から「俺がカラスは白だと言ったら、白だ」と凄(すご)まれた日を思い出している。あるいは、ゴキブリを退治しようとホームセンターに駆け込み、「ゴキジェット プロ」を手にしたものの、これはプロユースの殺虫剤ではないのか、自分の殺虫技術と知識で扱えるのかと悩み、思わずスマホで検索したりしている。
 とある弁当屋の地下にスタジオを作った後藤が繰り返す、不動産屋などとのやりとり、ホームセンターへの行き来。そんな日々の中で、意欲だけはある「語尾に『ッス』」をつける若手ミュージシャンに感心し、揶揄(やゆ)の「揶」と椰子(やし)の「椰」が似ていると気付き、なぜサンタクロースは日本語の読み書きができるのかと悩んだ記憶を頭に巡らせる。つまり、どうでもいいことばかり考えている。
 しかし、どうやら、この雑念や迂回(うかい)が創作を生んでいる。どうでもよくないらしい。明らかに「かまぼこ」なのに「カニ」っぽい態度をしている「カニかまぼこ」の話から、「カニではないカニの足を嬉々(きき)として食べ、それが普通に美味(おい)しいという時代」とは、と考え込み、音楽、芸術、社会の話に広げていく。
 どうでもいいことばかり考えているが、その反復によって、自分にとって、どうでもよくないこととは何かが立ち上がってくる。そんなことまで考えなくていいのに、と思わせた後にこぼれる言葉が、いつの間にか説得力を持つ。どうでもいいことって、創作に直結するのだ。
     
 ミシマ社・1620円=3刷1万5千部。18年11月刊行。書店からの予想を超える注文で、発売前に重版が決定。担当者は「文章から後藤さんのファンになった人も多いようです」。=朝日新聞2018年11月17日掲載