ガンマ線バーストとは、突然、宇宙で大量のガンマ線が放出される現象で「宇宙最大の爆発」として知られる。巨大な星の爆発や、星同士の合体によってブラックホールができる際に起こると考えられているが、その瞬間的な明るさは、宇宙のすべての星の明るさを合わせたほどだというから想像を絶する。
さて、第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作の三方行成(さんぽうゆきなり)『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』はタイトルの通り、この宇宙で最も強力な現象のひとつと、「シンデレラ」「竹取物語」といった身近なおとぎ話とが合体した短編集である。こう説明すると意味不明だが、本当にそういう内容なのだ。
時はむかしむかし……とは反対の、遥(はる)か未来。人類の多くが肉体を捨て、電子化された「トランスヒューマン」となった時代。具体――生身の体しか持たないせいで、継母に虐待されるシンデレラが、魔女にもらったドレスとカボチャの馬車で、舞踏会に出かけると、あるいは時の帝(みかど)が、竹から生まれた少女カグヤをもとめるなか、地球をガンマ線バーストが襲う。そして白雪姫の命をねらう女王が小人たちを訪れるとガンマ線バーストが……。
他にも「猿蟹合戦」や「おむすびころりん」など、SF的世界観と融合し異形にアップデートされたおとぎ話は、そのディテールやガジェットに注目するだけでも笑えるが、これがトリの「アリとキリギリス」に至ると、肉体を捨て、生物の限界を超え、ガンマ線バーストをも克服したトランスヒューマンは、その先に何を求めるのか、というテーマが展開され、読み応え十分な一冊としてまとまるから、お見事。
現在の日本SFは、かつて「冬の時代」と呼ばれていたのが噓(うそ)のように活況だが、それに伴い、増殖する横浜駅が日本を覆い尽くす柞刈湯葉(いすかりゆば)『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)や、ひとりのアイドルを通じ宇宙の終焉(しゅうえん)と誕生を描く草野原々『最後にして最初のアイドル』(ハヤカワ文庫JA)、そしてもちろん本作と、一見バカバカしいアイデアを真面目に追求した作品が次々書かれている。次はどんな大ネタが出てくるか、今から楽しみだ。=朝日新聞2018年11月24日掲載
編集部一押し!
-
小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【連載30回記念】市川沙央さん凱旋! 芥川賞後の長すぎた2年。「自費出版するしかないと思い詰めたことも」 小説家になりたい人が、なった人に〈その後〉を聞いてみた。#30 清繭子
-
-
えほん新定番 内田有美さんの絵本「おせち」 アーサー・ビナードさんの英訳版も刊行 新年を寿ぐ料理に込められた祈りを感じて 澤田聡子
-
-
インタビュー とあるアラ子さん「ブスなんて言わないで」完結記念インタビュー ルッキズムと向き合い深まった思考 横井周子
-
谷原書店 【谷原店長のオススメ】馬場正尊「あしたの風景を探しに」 建物と街の未来を考えるヒントに満ちている 谷原章介
-
鴻巣友季子の文学潮流 鴻巣友季子の文学潮流(第32回) 堀江敏幸「二月のつぎに七月が」の語りの技法が持つ可能性 鴻巣友季子
-
一穂ミチの日々漫画 「山人が語る不思議な話 山怪朱」 (第6回) 山の怪は山の恵みと同様にバリエーション豊かだ 一穂ミチ
-
トピック 【プレゼント】第68回群像新人文学賞受賞! 綾木朱美さんのデビュー作「アザミ」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】大迫力のアクション×国際謀略エンターテインメント! 砂川文次さん「ブレイクダウン」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】柴崎友香さん話題作「帰れない探偵」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 今村翔吾さん×山崎怜奈さんのラジオ番組「言って聞かせて」 「DX格差」の松田雄馬さんと、AIと小説の未来を深掘り PR by 三省堂
-
イベント 戦後80年『スガモプリズン――占領下の「異空間」』 刊行記念トークイベント「誰が、どうやって、戦争の責任をとったのか?――スガモの跡地で考える」8/25開催 PR by 岩波書店
-
インタビュー 「無気力探偵」楠谷佑さん×若林踏さんミステリ小説対談 こだわりは「犯人を絞り込むロジック」 PR by マイナビ出版