高校の世界史の授業だったか、何かの本だったか、きっかけをはっきりと覚えていないが、昔からウズベキスタンにある古都・サマルカンドに勝手なロマンを感じていた。ティムール朝の青い都、シルクロードの文化交差路。その響きだけで十分に旅する理由があった。会社を辞めて世界一周の旅をした時にも、必ず訪れたいと思っていた場所だ。
韓国の仁川から約8時間のフライトを経てウズベキスタンの首都タシケントに着く。タシケントで1泊して、早朝の列車に乗り込む。およそ2時間。ようやくサマルカンドに辿り着いた。1月のオフシーズンだったからだろうか、あまり観光客はおらず、街は思っていたよりも静かな印象だった。その静けさが心地よかった。
世界遺産のレギスタン広場など観光スポットを一通り見終えた時に、たまたま劇場の前を通りかかった。まもなくミュージカルが開演することが分かって、ウズベク語もロシア語も全く分からない状況だったが、好奇心が勝って、観劇することにした。大人1人7000スム(当時のレートで約220円)。観劇料としては非常に安い。
チケット売り場で私が日本から来たことを告げると、外国人の来館は珍しいらしく、警備のおじさんが「日本人が来たぞ!!」といったようなことを叫び出した。ほぼ満席だった劇場内から視線を浴びる。少し恥ずかしかったが、ペコペコと礼をして礼儀正しい「日本人」を演じてから、座席に座った。
ミュージカルは、子ども向けの勧善懲悪のストーリーで、何となくあらすじは読めた。衣装も照明もとにかくずっとギラギラしていたり、ヒロインの女性がぽっちゃりした人だったり、子どもも大人も劇中に写真やビデオを撮ったり、随分と異文化な観劇体験だったが、とてもとても面白かった。お世辞にも歌もダンスもうまくはなかったが、心から楽しそうに舞台を見ている子どもたちの笑顔が忘れられない。サマルカンドの素晴らしい世界遺産の数々にも確かに感動したけれど、結局ずっと心に残っているのは、あの劇場での体験だ。きっと旅に行かないと味わえない出来事だったからだと思う。
元外務省主任分析官で作家の佐藤優によるエッセイ『十五の夏』(幻冬舎)を読んだ。彼が1975年、当時高校1年生の時に、42日間かけてソ連・東欧を旅した記録である。上下巻合わせて868ページもある長編で、まるで小説のように、出会った人々との会話や食事の内容など詳細な記述がなされている。
この旅行が僕の将来にどのような影響を与えるのだろうか。今はまだわからないが、この旅行をしなかった僕と、この旅行をした僕とでは、その後の人生が違ってくるように思えた。(下巻221-222ページ)
若いうちに外の世界を見ておくと、後でそれは必ず生きる。そのことをきっかけにして、自分がほんとうに好きなことが見つかるかもしれない。ほんとうに好きなことをしていて、食べていけない人を僕は一人も見たことはない。ただし、中途半端に好きなことではなく、ほんとうに好きなことでないとダメだよ。(下巻435ページ)
この本に書かれているのは、まだ社会主義国への旅が難しかった時代の話だが、佐藤少年の旅は今も色褪せない。唯一無二の経験が人生をきっと豊かにすると、この本が、そして旅が、教えてくれた気がする。