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作家の読書道 第200回:白岩玄さん

読むことより書くことに興味

――今回は「作家の読書道」、記念すべき第200回目です。

 記念すべき200回目に申し訳ないのですが、実は、僕はそんなに本を読んでこなかったんです。隠さずに言うと、作家になるまでほぼ小説を読んでこなかったんですよね。小さい頃も、母親が図書館とかで紙芝居を借りてきて読むというのを延々やっていたらしいんですけれど、僕はまったく憶えていないんですよ。かなりの数を繰り返し読んだ、と言われているんですけれど。

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――ふふ。そういう方がどうして小説家になったのか興味が湧きます。では小学校に入ってからも、本を読んだ記憶はあまりないのですか?

 特に本に触れたという記憶はなくて。でも一時期、アガサ・クリスティーの小説にちょっとハマって、夏休みの間に読んだ記憶があります。でもまわりに「本を読め」という大人もいなかったし、家の中に本がポンと置いてある状況もなかったし、本好きの友達もいなかったんですよね。だから別に避けていたという訳ではなくて、ごく自然に生きていく中で本当に、触れる機会がなかったんです。

――どういう子ども時代でした? 何をして遊んだのか、とか。

 普通に外で遊んだりとか、家で友達同士でゲームをしたり。ゲーム世代なんです。それこそ小学校1年生の時にスーパーファミコンが出たので。まわりはゲームをしているか、スポーツをしているかという感じでした。
 そういう子ども時代を過ごして、小説に触れないまま、書くことに興味を持ったんですよ。それが中学2年生の時だったと思うんですけれど、ギャグ漫画の『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!! マサルさん』というのがあって。「ジャンプ」に載っていてすごく人気で、その影響でちょっと面白い文章を書いて笑わせるというのが友達の間で流行って。それをやり始めて、周りから面白いと言われる回数が多かったので、どうやらみんなの中で自分が一番それが得意なんだという、ちょっと調子に乗ったところがありました。

――面白い文章というのは。

 漫画のネタを別の形に作り替えるというか。文章といってもそんなに長いものではなくて、ちょろっとしたものを書いて、イラストもつけて、友人に回して笑わせるというものです。その延長線上で、たとえば学級日誌だったり、文集とかを書く時にウケを狙いに行くようになったので、中学2年で文体がガラッと変わりました。
 中学3年生の時に親友だなと思う奴ができて、そいつがたまたまピアノやギターをやっていて、「詩を書かないか」と言われたんです。「書くの好きだしやるやる」と言って、そこでまた書いたりして。その時に友達が「お前、才能があるな」と言ってくれて、ますます調子に乗って(笑)。書くことにどんどんのめり込んでいって、たぶん高校2年生の時には、地元の京都で面白い文章を書かせたら3位に入るなと自分で思っていました(笑)。

――でも1位でなくて3位というのが、謙虚ともいえる。

 まあ、3本の指には入るだろうという、根拠のない自信を持っていたんです。でもちょうどその時に、僕と同学年の綿矢りささんが、17歳で文藝賞を獲ってデビューするんですよ。『インストール』で。綿矢さんも京都出身なので周囲でも話題になって、それで僕も読んだんです。 僕は自分のことを面白い文章を書く人だと思っていたので、彼女の作品も小説というよりは文章として読んで「ああ、同世代にもうまい文章を書く人がいるんだ」という理解を得ました。ただ、「俺とはジャンルが違うから」と思うことでそこまで嫉妬することもなく(笑)、そこでも小説と正面からは出会わなかったんですよね。

――高校時代、何か文化的な趣味とか活動は?

 映画かな。高校の時、本を読まない分、映画は結構観ていたんですよ。1週間に4本くらい。特に何かが自分の中に残っているということはなくて、「俺、映画いっぱい観てるぜ」って、かぶれていたんだと思います(笑)。

イギリスで小説と広告に目覚める

――卒業後はどうされましたか。

 高校を卒業してすぐイギリスに留学しました。うちは父も母も姉2人も、みんな留学しているんですよ。なにせ父と母はアメリカで出会っているくらいなので。だから大学に行くという選択肢が家庭内であまりなくて、どちらかというとみんな留学の話のほうをよくしていたから、自然とそういうものなのかなというのが自分の中でありました。
 それに、大学受験したくなかったんです(笑)。勉強がそんなにできなかったというのもあるし、高校生活が実質2年しかないというのが嫌だったんですよ。3年間あるけれど、最後の1年は夏くらいからみんな受験勉強を始めるじゃないですか。そうすると受験のための1年になってしまう。高校生活は3年間じゃないかという気持ちがあったから、意地でも受験勉強はしないというのを決めていました。みんなが「お前、大丈夫なん?」とか言うなかで、「いや、俺は絶対そんなんせんから」って意地を張って留学したというのもあります。まぁ、今思えば、逃げたようなものなんですけど。

――向こうでは英語の勉強をして、小説を読むこともなく?

 いえ、向こうで江國香織さんと辻仁成さんの『冷静と情熱のあいだ』の、辻さんのほうを読んで、そこではじめて「小説って面白いんだ」というのを知ったんです。
 きっかけは、友達が貸してくれたから。僕はそれまで小説を読んでこなかったから、その時も「いや、いいよ。どうせ読まないから」って断ったんです。でもイギリスにいると当然、生活が全部英語なので、日本語に飢えていたんです。で、とりあえず読んでみようかと思って読みだしたら、思いのほか面白くて。「思いのほか」って失礼ですけれど(笑)。「あ、小説ってこういうものなんだ」とはじめて知って、それで結構ショックというか、「ああ、すごいな」と思って。
 その時期も相変わらず文章を書くことは続けていたんです。語学学校が休みの間は近場のアイルランドやフィンランドやポルトガルに行ったりして、あちこち見たものを旅行記にして実家に送っていたんです。日本語が書きたかったし、文章を書くことが得意だと思い込んでいるから、自己満足で実家に送っていたんですけれど、家族も優しいから「どんどん次送ってこい」と言ってくれるので。それと小説を読んだ時期が重なって、「じゃあ、この旅行記を小説の形を使って書いてみよう」と思い、辻仁成さんの文体をパクッて(笑)、縦書きの小説の形で書いて、紙を切って文庫の大きさの本を作って、それを家族に送ったりしていました。

――帰国されてからは。

 広告の専門学校に行きました。イギリスに留学した時に向こうのテレビCMを見て、その面白さに衝撃を受けたんです。カンヌのCMなどをばんばん獲るようなクリエイターが海外にはいる。ものを作る土壌が日本と全然違っているんですよね。それで「こんなに面白い世界があるんだ」と広告に興味を持って、日本の広告も見るようになりました。だから「何かを伝える」という媒体として、広告はすごく影響を受けていると思います。僕、一時期、作家さんの名前よりもCMクリエイターの名前のほうが知っていたくらいでしたから。

――参考までに、クリエイターではどなたが好きでしたか。

 そんな話したら長くなりますよ(笑)。そうだなあ、佐々木宏さんという、リオデジャネイロのオリンピックの閉会式のクリエイティブスーパーバイザーをやられた方。手がけたCMとか見たら「ああ、知ってる」というものばかりだと思いますよ。抜群にエネルギーがあって、人を「面白い」と思わせる、興味を引かせる力が恐ろしく強い。それと、大貫卓也さんという、としまえんの「プール冷えてます」の広告とか、資生堂の「TSUBAKI」のボトルを含めたデザインを作られた方。その2人が好きですね。
 当時、第一線で活躍されていた人たちの影響はかなりあると思います。自分が一番、ある種多感だった時期に本当に好きだった人たちなんで。ずーっと広告のことを考えて、ずーっと広告のことを喋っていた学生時代でしたし。すでに小説でデビューしていたんですけれど、広告のことを考えている時間のほうが長かった。

あの人の受賞を知って執筆開始

 日本に帰ってきて「どうしようかなあ」と自分でも焦りを感じている時期に、綿矢りささんが19歳で、金原ひとみさんが20歳で芥川賞を受賞したんです。高校時代にも1回読んだことがある人が、ああいうところですごく注目されているのをニュースで見た時には衝撃を受けました。たぶん嫉妬もあったんですけど、「こんな生き方もあるんだ」と教えてもらったようなところもあって。その時の僕の中でのとらえ方は「文章を書いて社会の中で評価されている人たちがいる」というもので、「ああ、じゃあ小説を自分もやってみよう」と、そこではじめて思いました。なにせ「京都で3位」ですから「自分もいけるんじゃないか」っていう(笑)。それは小説の世界とか、本の世界をまったく知らないから持てた自信ではあるんですけれど。翌日から小説を書きだしました。1回旅行記で小説っぽいことを書いているから、要はあれを物語にすればいいんだろってくらいの感じでした。
 それで、芥川賞の発表が1月だったんですよね。文藝賞の締切が3月末だったんですけれど、その文藝賞も「綿矢さんが『インストール』でデビューした賞」ってことしか知らなくて、そこに応募したら、拾ってもらえたんです。

――生まれてはじめて、しかも2か月ほどで書いた小説が文藝賞受賞のデビュー作『野ブタ。をプロデュース』だったというわけですか。あんな面白いものをいきなり書けたっていうのが本当にびっくりです。

 当時も出版社の人に「天才ですね」って笑われました。「頭おかしい」とも言われて(笑)、そこの部分は、本当にそうだなって。
 なんでしょうね、暇だったんで、時間が山のようにあったんです。だから毎日、コツコツとパソコンに向かって書いたんです。何か作っているのが楽しかったんでしょうね。無心で書いていたし、はじめてのことに挑戦する人が出す独特の粗っぽさとかも、エネルギーとしてうまく出てくれて、すべてがうまくはまって受賞できたんだと思います。だから、僕は小説がどうとかではなく、文章を書くのが好きっていうのだけで作家になったんです。僕、よく言うんですけれど、デビューするまで村上春樹さんを知らなかったですし。

――どうしたらこの世の中で村上春樹の名前を耳に入れずに生きてこられたのか、そっちのほうが不思議です。

 だって、映画監督の名前を知らない人だっているじゃないですか。きっと今、是枝裕和監督の名前を知らない人だっているでしょう。そういう人と同じ感覚だと思います。本当に本を好きな人たちにしてみたら信じられないかもしれないけれど、一般の人ってそういう感覚だと思うんです。 小説を書いて応募して、専門学校にいる間に「受賞しました」という連絡をもらって、編集者に「2作目はもう書いてますね」と言われて、「えっ、2作目とかあるんだ、やばい」って焦りました。「もちろん書いてます」と言いましたけれど(笑)。それくらい、僕は広告業界に進む気満々だったんです。でも『野ブタ。をプロデュース』があんまりにも世の中で受け入れられて、広告に似た届き方を実感しちゃったんでしょうね。「ああ、こっちの世界もいいな」って、欲に負けたというのが正直なところです。

――そこから小説2作目を出すまでにちょっと間があいてますよね。

 『野ブタ。をプロデュース』を出した後の22歳とか23歳の頃、2作目が全然書けなかったんです。それは挫折でした。このままでは駄目だ、さすがに小説を読まないと、と思ったし、編集者にも「読んだほうがいいよ」と言われて、はじめてそこで本を買って読みだしたんです。
 その時に同じ文藝賞出身の羽田圭介君の『黒冷水』だったりとか、中村航さんの『リレキショ』だったりとかを実際に読んで、「ああ、小説ってこんななんだ」って。実は失礼な話ですけれど、選考委員の角田光代さんや高橋源一郎さんの本も、デビューした後で読んだんです。

――文藝賞周辺以外では、どういう本を選んだのですか。

 名前を聞いたことのある人の本を手あたり次第買いました。業界に2、3年いるうちにお名前が耳に入ってきた方、いわゆる有名な方たちです。山田詠美さんとか、村上春樹さんとか。中でも、山田さんの『風葬の教室』や『ぼくは勉強ができない』は衝撃でしたね。『野ブタ』と同じ学校を舞台にしたもので、こんなにも面白いものを書く人がいたんだ、という感じでした。自分が書いた学生とは違う種類の姿を書かれていますし、スマートさや奥行きが全然違う。理性だけで書いているわけでもないし、倫理観だけ押し付けているわけでもないしっていう絶妙なバランスがある。人物造形も絶対に自分には書けないような人物を書かれているし。あとすごく好きなのは、詠美さんの本って登場人物に対する眼差しにすごく愛があって、誰一人として「私は嫌いな人を書かないよ」っていう印象を感じるんです。嫌な奴もいるけれど、「私はこの人のことを見捨てないよ」っていうのがあって、使い捨てで書いているわけでないというか。そういうのを文章から感じるので、そこがいいなと思います。
 春樹さんはそれこそ初期の『羊をめぐる冒険』とか『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』とかを繰り返し読んでいました。何が好きかを聞かれるとうまく答えられないんですけれど、たぶん、喪失とか過去の傷とかについて書かれているものが多いので、その辺りが好きだったという気がしています。
 そこではじめて「小説」というものの奥深さというか広さを実感して「こんなすごい人たちがめちゃめちゃいるやん」と驚いたわけです(笑)。「えっ、こんなのあるの」っていう作品が山ほど出てきて。いろいろ読んだなかで、特に「好きだな」って思ったのが、山田さんと村上さんでした。

――ところで、好きな本は繰り返し読むタイプですか。

 無茶苦茶読みます。好きな本を繰り返しで読んで、新しい本にはなかなか手を出せないことも多いです。新しい本を手に取っても、「これを読み続けている時間がしんどい」と思うと止めてしまったりしますね。好きな本はそれこそ、30回、40回読みます。だから本当にボロボロになりますね。

小説の読み方、一番好きな作家

――好きな作品を繰り返し読むとなると、他の作家はあまり読まなかったのでしょうか。

 芥川賞の候補になった時に選考委員の河野多惠子さんが『野ブタ。をプロデュース』を褒めてくださったので、どんな方だろうと思って読んだら、とっても素敵な作品を書かれる方で。『骨の肉』とか『秘事』とか。あとは吉田修一さんですね。『パレード』とか『パーク・ライフ』あたり。そうしたものを好んで読んでいた時期が2、3年ありました。

――やはり現代作家の作品が多かったんですね。

 いや、一応その頃に夏目漱石とか、明治の文学者の本も読みました。文学全集がたまたま家にあったので、それを引っ張り出して。志賀直哉とかも、学校の授業ではちゃんと読んでなかったなと思って読んだら、やっぱり面白かったですね。当たり前なんですけれど。
 夏目漱石は文章が難しくてもつかみやすいというか、分からないところがあっても読めてしまったりする不思議なところがある。たぶん、物語的には『それから』なんてメロドラマですけれど、ちょっとドラマ仕立てのストーリーが追えるから読みやすいのかなと思います。小難しい話ではないし。
それと、小説ではないんですけれど、その頃に宗教系の本や文化人類学の本もハマって読みました。中沢新一さんとか。特に宗教の本は面白かったですね。キリスト教や仏教、ユダヤ教の本とかもその時期に読みました。
 あとは誰だろう。橋本治さんも好きでした。「広告批評」という雑誌で連載していたコラムをまとめた本とかも出されていて。あの方はすごく幅広い仕事をされていますけれど、文章が平易で読みやすい。とにかく僕は読書筋がないので、自分の読書筋でもかなう本をとりあえず読んでいました。

――読書記録などをつけるとか、読む時に付箋を貼ったり線を引くといった、読書のスタイルみたいなものはありますか。

 記録はつけていないし付箋も貼らないけれど、僕、小説を頭から読まないんですよ。

――え、初読の時も?

 はい。もちろん仕事で読む時は最初から読みますよ。でも、プライベートで読む時はあんまり...。真ん中くらいから読むこともあります。っていうのは、映画と違って本ってそれができるじゃないですか。小説だと、あんまりストーリーとかも興味なくて、そこに書いてあるものが知りたいだけなので、バラバラに読んで最後に繋ぎ合わせたりします。適当に開いたところから読み始めて、ちょっと面白いなと思ったらその前後を読んだり。そこにある文章を楽しむんです。

――ええ、だって「ここに出てきたこの登場人物は誰だろう」とか思ったりしませんか。

 それが思わないんですよ(笑)。誰でもいいやって感じなんですね。そこに書かれていることが別に把握できなくても読めちゃうというか。よくドラマとかを途中から見たりすると「筋が分からないから巻き戻したい」とか聞くじゃないですか。僕は全然思わないんです。途中から流れたらそのまま見ちゃうし、分からない時は分からないままでいいやって思うタイプなので。だから、本は結構、真ん中から読んじゃうんです。

――じゃあ、ミステリとか謎解き系はあまり読めませんね。

 子どもの頃にアガサ・クリスティーは読みましたけれど、たしかに今は手を出さないですね。読むのは純文系が多いかもしれませんが、どのジャンルを読もうというのは特に決まっているわけではないんです。もともとジャンルを意識していなかったし、ミステリでも面白ければ普通に読みますし。

――ストーリーではなく文章を楽しむ...。広告が好きだというだけに、キャッチコピーとか、そういう表現の仕方に興味があったかと。

 そうですね、もともと広告のコピーが好きでそっちの方面に行きたいなと思っていたので、その感覚が大きいかもしれないですね。人の心に届く文章であれば何でもいいというか。小説の形をしていなくても別に気にならないので、だから部分だけで読めてしまうんだと思います。

――さて、第2作がなかなか書けない時期が続き、その後どんな変化を迎えたのでしょうか。

 一番好きな作家に出会えたのが大きかったです。ティム・オブライエンという、アメリカの作家さんなんですけれど。他にも好きな作家はいますが、ティム・オブライエンは「好き」の度合いがちょっと違うくらい好きだなという感覚があります。
 初めて読んだのは25歳くらいの時だったんですよ。それこそ挫折していろいろ読んでいくなかで、オブライエンの本を村上春樹さんが訳されていたので一緒に買って、その時はちょっと読んで「分かんねえな」と思って、そのまま置いてあったんですね。それを28か29歳の時に「こんな本があったな」と思って読みだしたら、すごく面白かったんです。それがきっかけで好きになりました。
 最初に読んだのは『本当の戦争の話をしよう』でした。ティム・オブライエンのすごく好きなところって、「お前、そろそろやめろよ」というくらい、ずっとベトナム戦争のことを書いているんですよ。自分自身が従軍したということもあるんでしょうけれど、僕が書き手だったら自分でも「さすがにこの題材は書きすぎてる」って止めるんじゃないかなと思うんです。それでも書き続けるというのは、それくらい本人にとって大きなことだったんだろうと思うし、同時にそれをやっちゃうオブライエンの正直さ、「自分の気持ちに従うぜ」という不器用さがすごく好きで。
 あと、オブライエンも喪失と過去の傷について書いているんですね。それに「形が違うだけで、誰しもに戦争がある」というふうに言っている。自分にとっては、たまたまこういう形だっただけのことなんだって。それはなるほどなって思うんですよね。
 過去の何かが自分の今にすごく大きな影を落としていたりとか、自分の人格形成の元になっていたりする。オブライエンの小説を繰り返し読む中で、どうやら自分は、そういう過去の傷だったり喪失を物語化しているもの、あるいは文章化しているものに興味があるんだということに気づきました。それからもうひとつ分かったのは、自分はどうやら「死」というものに関する本を好んでるんだなということです。青木新門さんの『納棺夫日記』とかありますよね。

――はい。映画「おくりびと」の原案となった本ですよね。

 その『納棺夫日記』とか、養老孟司さんの解剖学の本も読みましたし。それと、戦争の時にシベリアに抑留された経験を元に詩を書かれていた、詩人の石原吉郎さんの「葬式列車」っていう詩も好きでした。でも、考えてみれば、もともと好きだった宗教の本も当然死について触れているし、文化人類学の本では葬式とか埋葬のことが書かれているんですよね。。
 そこから自分の中を掘り下げていくと、僕、6歳の時に父親を亡くしているんですけれど、その経験が自分で消化しきれていないんだろうなという。突然だったんですよ。前兆があったわけではなく、突然、喘息の発作で亡くなったんです。よくよく思い返してみると、自分が文章を書くようになったのも、そういうことの影響がどこかにあるんです。父親が亡くなった頃から、世界が若干遠く感じるようになったというか、自分が越えられない壁があるなと感じるようになった気がして。それを突破する方法として、人に届く文章を書くことにのめり込んだり、一方で死というもののとらえ方が自分に合っている読み物を好むようになったんじゃないかなって。

死と死者の描かれ方の好み

――死を書いているものでも、合うものと合わないものがあるわけですね。

 死を書いているものでもいろいろあって、死者がまるで生者の世界に寄り添っているかのように書いている作品もあれば、死を都合のいいように書いているものもある。でも自分が考える死というのは、もっと突き放されるというか、こちらの呼びかけに対して、向こうが応えないものなんですよ。そういうような死のとらえ方をしている文章だったり表現だったりに惹かれるんです。
 だから、全部、そこに集約されるのかなとも思うんですよね。父親の死の受け入れ方だったり、あるいはそれに対する付き合い方だったりというのを、いまだに模索しているんじゃないかということに、最近ようやく気がついて。
 なので、好きになるものの傾向も、どうやらそこにあるようです。ちょっと古い作品ですけど、「ハリーの災難」という映画があって。

――ヒッチコックですね。

 そうです。あの映画はハリーという男が殺されて、死体を村の人が埋めるんですけれど、いろんな騒動があって、何度も掘り起こされてはまた死体を隠すために埋められる。喜劇っぽくなっているんですけれど、僕はあれがすごく好きで。死っていうものが生きている人間をずっと居心地悪くさせる、人はそれを気にせざるをえないということがものすごく面白く描かれている。

――どの作品で描かれる「死」が自分に合ってどの作品のが合わないのかは、実際に読んだり見たりしないとなかなか分からないですよね。

 そうですね。ただ、ひとつ傾向としてあるのは、死というものを考えている人は、現在だけで生きていないというか、どこかで視点が過去にあると思うんですね。だから、「私は過去なんて忘れて今を生きるわ」という空気を強く感じる表現物は、見続けているとしんどくなってくるんです。無理に忘れようとしなくてもいいじゃないか、もっとそこに縛られて、くよくよしたり、いじいじしているオブライエンを見習ってくれよと思ってしまう(笑)。

――たとえば、いとうせいこうさんの『想像ラジオ』なんかは、どんなふうに読まれたのでしょうか。

 僕、あれすごく好きでした。好きな理由はふたつあって。ひとつは死者っていうものに対する敬意が感じられるところ、もうひとつは、死者と生者は繋げられないものだって分かってる人が、それでも繋げたいって気落ちを持って書いたものだという印象を受けるところ。ある種、死者の言葉を語るわけですけれど、それって本当はとても難しくて、物語の中でやるとものすごく都合よく使えたりもする。どこまでやって良くて、どこまでやったら行きすぎなのかを、僕はいつも注意して見てしまうんですけれど、あの作品は、繋げたい人たちと、死者に対して黙って敬意を払って静かにしてよう、死者のことをへんに語るのはやめようっていう、そういうバランスをちゃんと保っていて。もう、僕が言うのはすごくおこがましいんですけれど、すごく嫉妬しました。こんな作品書けるんだって。キャリアも全然違うんですけれど、「うわ、これ自分が書きたかった」って思ったんですよね。今、よく『想像ラジオ』が出てきましたね。

――いや、白岩さんの話を聞いているうちにあの本が浮かびました。

 僕の場合、死者について「黙っていればいい」っていう考え方ではなくて、「繋げたい」っていう気持ちを感じるかどうかも大事なんです。『野ブタ。をプロデュース』も自分なりに分析すると、応えないもの、それは世間や社会だったりするんですけれど、その応えないものに対してメッセージを投げかけて、どれだけ反応が返ってくるか確かめる話だったと思うし。

――自分の興味がはっきりしたからこそ、白岩さんの第2作の『空に唄う』は、新米のお坊さんの前に女子大生の幽霊が現れる、という話になったわけですか。

 当時はそこまで分かっていなかったですけど、興味の方向としてはそうだと思います。2作目は、自分の総力戦というか、小説を書く力の無い人間が「小説というものを書きなさい」と言われて書いたものだと僕は思っているんですけれど、全然力の無いなかで、とにかくこのテーマで書いてみたいと思っていました。とにかく死というものに触れたい、書きたいという気持ちがあった。そういう意味では2作目は僕にとっては大きいんですよ。

――それで、書けない時期を抜け出せたわけですか。

 いえ、僕は作品数が多い作家ではないので、その都度その都度行き詰まっていたと思います。要は、本当に小説に興味があるのかどうか、自分でもいまだに分かっていないんだと思うんですけれど。ただやっぱり、何かを感じて外に出したいと思っているのは事実なので、それが文章っていう表現方法で、今、小説を書かせてもらえる場所があるっていうのが大きくて。
 小説というのは、ある程度自分の好きなようにカスタマイズできる媒体でもあると思うんです。表現方法が幅広いので、自分が思う方法で書いて、小説というテイで売っていいのかなという気もしているし。なので、書くことについては、毎回新しいものを書くたびに壁にぶつかってはいますね。
あと、すごく肩身が狭くて、「自分がここにいていいのかな」という感覚があるんですよ。まわりは小さい頃から本を読んできて、作家になりたくてなったという方が多いですし、そこに自分は全然入れないなという劣等感もあるし。ただ、まあ、それを感じたところでどうにもならないので、自分は自分のやりたいようにやるしかないんだって思っています。

最近の読書と新作

――新作の『たてがみを捨てたライオンたち』もそうですけれど、小説という媒体だからこそ、立場が違う人間の感情や本音がすうっと分かりやすく、頭に入ってくるところはありますよ。

 そうだといいんですけれど。やり続けていく中で、自分の気持ちが少しずつ小説の方に向いていっている部分もあるでしょうし、他の人の作品を読むなかで、小説って面白いなと思う部分も増えましたから、それが自然と作品に反映されていくだろうし。なので、もうちょっと小説と、和解というか、仲良くなれたらいいなっていう。いつかもっと自由に使いこなせるようになったらいいなと思うんですけれど。

――その『たてがみを捨てたライオンたち』は「男らしさ」の呪縛を描いた一作ですが、そういえば前に田中俊之さんの『男がつらいよ』という男性学の本を読んだと言ってましたね。そうした教養本も結構読みますか。

 読みますね。社会学であれば、男性学の他にも、ウーマンリブやフェミニズムの本なんかも読みましたけど、それはどちらかと言うと伝え方の勉強の意味合いが強いですね。ジェンダーの問題って、すごくデリケートなところもあるので、どういう言い方をしたときに、どんな響き方をするかを調べておいた方がいいかなと思って。
 たとえば、「こんなおじさんはクソだ」みたいな書き方って割とよく見るんですけど、誰かを否定することによって、文章そのものが攻撃的な色を帯びることってあるじゃないですか。だからそういう気づかせ方や、批判の仕方もあるなと思う一方で、自分はもう少し違うやり方をしたいなと思ったり。その辺りは今回の小説を書く際に参考にしましたね。誰かを責めるのはみんながやっているから、自分は違うやり方でやろうって。

――ああ、自分の関心のあることを小説にするために、そうした本を読んで書き方をチェックした、という感じなんですね。

 そうです。やっぱり僕は自分に興味があるんでしょうね。自分の中の問題が明確にあって、それに必要なものをどこかから引っ張ってくるという感じなので。本だけじゃなくて、映画でも漫画でも雑誌でもいいんですけれど、知りたいことを調べて摂取しているので。

――今、読む本はどんなふうに選んでいますか。

 もっとがっつり死にかんするもの、たとえば世界中の埋葬法とか知りたいなと思って、そういった内容の本を探して読んだりしています。それと、僕、ライターの武田砂鉄さんとは古い友人なんですよ。僕が河出書房新社からデビューすることになったよって友達に話したら「え、俺の友達、今度河出に就職するぜ」ってなって、「じゃあ、今度会おうよ」って。だからデビューする前からの知りあいなんです。知らぬうちに会社を辞め、書き手に転身してましたね。それで武田君の『紋切型社会』や『芸能人寛容論』とか『日本の気配』とか読んで、「ああ、こういうの書くんだ。面白えなあ」と思ったり。
 あと、はじめて見たものが親と思う、じゃないですけれど、綿矢りささんと金原ひとみさんの本はなんだかんだ意識していますね、どこかで。おふたりとも書かれるものが面白いですし。金原さんの『持たざる者』とかすごいなあと思ったし。ずっとどこかに絶対に超えられない人たちとして僕の中にあるんだろうなって思いますね。
 ......大丈夫ですか? こんなので読書道の話になっているか不安なんですけれども。

――なってますよ! 読む量が多ければいいって話ではないですし、同じものを30回も40回も読むなんてすごく豊かで羨ましいです。オブライエンや村上さんの初期の作品などのほかに、繰り返し読む本はありますか。

 漱石も『それから』と『夢十夜』のふたつはすごく読んだかな。特に『夢十夜』は描写が抜群に美しいので。僕、伝統工芸が好きなんですよ。母親がそういう関係の事務の仕事をしていたんですけど、その影響で昔の伝統工芸の作品を観る機会が多かったんです。陶芸とか染色の大家の作品から感じる、時間が経ってもずっと輝き続けている不変性に近いものを漱石の作品にも感じます。だからずっと眺めていられるんです。小説を途中から読むというのも、壺とか着物とかを眺めるのと同じ感覚かもしれません。この柄をずーっと眺めていられる、とか。
 『それから』で、三千代が代助の家に来て、雨が降ってきてそれを眺めて、雨戸を閉めて...という場面の描写とか、すごく好きで。そういう部分部分はあるんですけれど、全体でどんな話ですかって聞かれたら、「うーん」ってなる。オブライエンもそうですね。部分部分で憶えているので、「どんなあらすじか」と訊かれても説明できないと思います。

――今「眺める」という言葉が腑に落ちました。ただ、ご自身が小説を書く時は起承転結などプロットは考えないのですか。

 考えますけど、仕方なく、です。自分が書くとなるとやっぱりちょっと違っていて、全体を考えないと書けなかったりもしますから。部分部分を考えてそれを組み合わせていく書き方ではなく、ある程度流れを考えて書いていますね。
 僕のなかで、書くというのはまとまった何かをぶつけたり投げたりするイメージで、読むというのは世の中にある部分的なものを、自分の必要なところだけ摂取するって感じなのかな。伝えるという時に部分だけ伝えても意味ないじゃないですか。だいたい、何かを伝える時、言葉を1から10まで尽くしても伝わらないことだってあるから、やはりまずは全体像を考えないと。

――さて、さきほども話に出た新作『たてがみを捨てたライオンたち』ですが、仕事で評価されず妻から「専業主夫になれば」と提案された夫や、地位やお金は得たけれど孤独を抱えるバツイチの広告マン、モテないことに劣等感があり過去の一度だけあった恋愛の傷を引きずる公務員など、「男らしさ」にとらわれて行き詰っている現代の男性たちが登場します。また新たなテーマを提示してくださった印象ですが。

 僕自身が30代になって書けた本ですね。振り返ると20代の頃って、僕もたとえば恋愛関係の中で、相手の女性よりも立場が上でいたいと思っていたりしたんです。それはずっと「男らしさ」の問題に縛られていたんだと気づいて。主人公3人にはそれぞれ、過去の自分が投影されています。

――男性の本音を主張して押し付けるわけではなく、女性側の気持ちも思いやる展開になっているところがいいですね。終盤の夫婦の会話とか、すごくいいなと思いますし。

 僕も頭では分かっていたつもりでしたが、こうして小説に書くことで、思考がより肉体化したところがあります。それまでは、自分が男性的な生き方を貫くことが、下手をすると妻の時間を奪ったり、彼女の人生を軽く見ることになるとはあまり実感していませんでした。男性たちの辛さだけでなく、彼らが女性に何を押し付けているかを考えて書いているうちに、3人とも女性と向き合っていく話になりましたね。

――それぞれの家族との関係も描かれること、自分の中に育まれる価値観って、教師としても反面教師としても親の影響って強いなと思いました。そうした世代間の価値観の違いや、これからの男女の在り方を考えさせてくれる新しい小説だなと思っていて。

 「男らしさ」「女らしさ」を互いに強いるのでなく、「らしさ」を抜いたところでお互いに納得のいく生き方を探せたらいいんじゃないかと思います。でも家族や夫婦の間で納得しても、一歩外にでればまだ"らしさ"を押し付けてくる社会がある。もっと世の中で広く議論して、自由に生き方が選べる段階まで持っていきたいなと思っています。

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