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文芸回顧2018 想像することで救われる今

芥川賞の若竹千佐子さん(中央)と石井遊佳さん(右)、直木賞の門井慶喜さん=2月、東京都内

 2月に相次いで世を去った作家の石牟礼道子さんと俳人の金子兜太さん。言葉によって尊厳と自由をつかもうとした2人に、今の世界はどう映るだろうか。

 ノーベル文学賞の発表が見送りに決まったのは5月。選考するスウェーデン・アカデミーの関係者によるスキャンダルを受けて。今年の分は来年あわせて発表するというが、アカデミーのメンバーには空席が残ったまま。見送りは69年ぶりという異例の事態となった。国内でもまた、セクハラや差別的な寄稿をした文芸評論家らが批判を集めた。いずれも他者への想像と尊厳をあまりに欠いたのではないか。

 本を読んでいるときは、自分ではない誰かの人生を生きることができる。平野啓一郎さんの『ある男』(文芸春秋)と村田沙耶香さんの『地球星人』(新潮社)は、物語の世界観は大きく違えど、想像が目の前の苦難から救い出してくれるという思いは重なる。

 『ある男』は「私とは何か」という問いをミステリーで包んだ。与えられた生が過酷すぎた男は、他人の戸籍を得て新しい人生を歩んでいた。語り手は在日3世の弁護士。彼もまた別の人生に思いをはせ、謎の男にひかれる。『地球星人』の主人公は性的接触なしを条件に夫を選んだ。社会に適応できないのは普通ではないと悩み、自分が宇宙人だと信じこむ。彼女には周りの「地球星人」が異様に見える。普通って何だ?

 自分のことだってわからない。2月に芥川賞を受けた若竹千佐子さんの『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社)は50万部超のベストセラーになった。桃子さんは74歳、独り暮らし。心の内に幾人もの「おら」の声があふれる。夫と子どもに尽くしたおらの人生は何だったのか。「おらはちゃんと生ぎだべが」。歌うような読み心地の方言だからか、桃子さんの老いは明るくてたくましい。

「時代こそが主人公」大作で体感

 平成が終わる。区切りを前に、「時代こそが主人公」と言いたくなるような大作が相次いだ。

 奥泉光さんの『雪の階(きざはし)』(中央公論新社、柴田錬三郎賞・毎日出版文化賞)は昭和初期、親友の心中事件に華族の令嬢が疑問を抱き、幕が開く。三人称多視点で様々な人物の内面を描きながら、天皇機関説をめぐる政争や国粋主義の思想を絡め、風俗や文化を精密に織り込んで壮大なミステリーに仕上げた。

 橋本治さんの『草薙(くさなぎ)の剣(つるぎ)』(新潮社、野間文芸賞)は60代から10代までの6人の男性を通し、平成までの100年をとらえた。6人は「普通の人」。日本社会の歩みを象徴するように、世代が下るほど人生はままならなくなる。37年間続いた宮本輝さんの「流転の海」シリーズが第9部『野の春』(新潮社)で完結した。自伝的小説は「昭和の庶民史」になった。

 優れた小説は時代や場所が離れていても、自身の体験のように感じられる。真藤順丈さんの『宝島』(講談社、山田風太郎賞)は戦後まもない沖縄を、深緑野分さんの『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)は同時期のドイツを舞台としたエンタメ小説。汗の臭いが立ちのぼる圧倒的な迫力の沖縄、足底の冷えるような薄気味悪さをまとうベルリン。差別が心を削る。時代に翻弄(ほんろう)される貧しい者がここに確かに生きている。

 未来を見つめた小説から日本が消えつつある。古川日出男さんの『ミライミライ』(新潮社)で日本はインドと緩やかに連邦を結び、いとうせいこうさんの『小説禁止令に賛同する』(集英社)では日本という言葉が奪われ、アジアの連合の一部になっている。

 多和田葉子さんの『地球にちりばめられて』(講談社)では、故郷の島国がなくなり、母語を話す人はばらばらになる。11月に全米図書賞・翻訳文学部門を受けた英語版『献灯使』(マーガレット満谷訳)では、日本が鎖国をしていた。誰もが移民になりうる時代。震災以降、多和田作品には国家という枠組みへの疑いがある。しかし、ひょうひょうとした文体に悲壮感はなく、珍道中は楽しい。遊び心たっぷりに、複数の言葉を自在に行き来する。

 言葉遊びの怪作といえば、円城塔さんの『文字渦』(新潮社、川端康成文学賞)。難読漢字が紙上で躍る、文字が主人公とも言える連作短編集。本文にびっしり振られた長すぎるルビが主題を語りかけてきたとき、はっとする。小さな声に耳をすませよ。(中村真理子)=朝日新聞2018年12月19日掲載

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