1. HOME
  2. インタビュー
  3. 「ガラスの仮面」創作の源はここにあった 美内すずえさん異業種対談集「見えない力」

「ガラスの仮面」創作の源はここにあった 美内すずえさん異業種対談集「見えない力」

文:上田恵子、写真:有村 蓮

一流の人は、大きな意味でのスピリチュアルな力を持っている

――『見えない力』というタイトルのとおり、この対談集は人が持つ不思議な能力や超人的な力、見えない世界をテーマにされています。対談のお相手はお能、古武術、物理学と、皆さんそれぞれ違う分野で活躍されている方たちですね。

 どんなジャンルでもそうですが、その道を極めた方というのは、大きな意味でのスピリチュアルな力、奇跡的な力を持っていらっしゃることが多いんです。企業のトップもしかり。今回そういう一流の方たちと対談させていただくことで、そういう力が存在するということを皆さんに知ってもらえたらと思ったのです。

――美内さんご自身も、幼い頃からさまざまな不思議体験をされてきたとか。

 そうなんです。ただ、親に言うと怒られるため、あまり人前では言わないようにしていました。でも、漫画家になってから「やっぱり違う世界というのはある。そういうことを一度きちんと描かないといけないんじゃないか」と考えるようになって。そこで描いたのが、見えない世界、精神世界を題材にした『アマテラス』という作品です。

 『アマテラス』の連載がスタートしたのは1986年。単行本が出るたびに描き下ろしを加えて、現在は4巻のところで止まっています。続きを描きたいのですが、先に『ガラスの仮面』を描きなさいと言われていて(笑)。そろそろ上手いことバランスをとりながら、両方とも描き進めたいなと思っています。

4歳の時に、肉体離脱を経験

――どちらの作品も、たくさんの読者が続きを待っています。ところで先生は、具体的にどのような不思議体験をされたのでしょう?

 4歳の時に、肉体離脱をしたことがあります。夜中に母と一緒に寝ていたら、私が引きつけを起こしたように「怖い、怖い!」と叫んでいるんですね。そんな自分の姿や、母が「何が怖いの? 言うてみい!」と私に話しかけている姿も、すぐそばに立って見ていました。

 それで部屋を出てフワフワ~ッと下の部屋に行ったら、今度は台所の一番端のお不動様を祀っている神棚のところで、父がうちわ太鼓をドンドン叩きながら「不動明王、不動明王」と唱えている。私はそれも「お父ちゃん、何してんのかなあ?」と思いながら眺めていました。

 翌朝「昨日お父ちゃん、うちわ太鼓叩いて何してたん?」と尋ねたところ、母に「お前があんまりうなされてるから、お父ちゃんが悪いもんでも憑いたんちゃうかってドンドンやってたんやないか!」と言われたんです。他にも正夢を見るなどいろいろなことがありましたが、そのうち漫画に夢中になり、そんなことはあまり気にしないようになってしまいました。

 漫画家になってからも、仕事部屋に8歳くらいの女の子の姿を、アシスタントさんや担当編集者たちが何度も目撃した、なんてこともありました。でもまあ特に悪さをするわけでもないので、その後も何もしていませんが。(笑)

――家系的に、そういう力を持つ人が多いご家族だったのですか?

 そうですね。父もよく不思議な夢を見ていましたし、母もちょっと変わったところがあったように思います。田舎に住んでいた母の両親も、神道系のおじいちゃんが、おまじないやらなんやらで村の人の不調を治していたとか。おばあちゃんは仏教系の人で、こちらも村の人に頼まれて供養をしたりしていたそうです。

 一方、美内の方のおじいちゃんは、熱心な真言宗の信者。おばあちゃんの産後の肥立ちが悪い時には、高野山で御百度を踏んだり滝行をしたりして治したと言っていました。なので、もともと信仰の下地はあったのだろうと思います。

見えない壁の向こう側にドーンと入っていく感覚

――対談のなかに「壁一枚超える」という表現が出てきます。これは具体的にどういう状況を指すのでしょう?

 漫画を1本描き終えて、しばらくすると次の作品のアイディアの締め切りがやって来ます。毎回喫茶店にこもって考えるのですが、浮かんでくるのは雑念ばかり。ああでもない、こうでもないとノートに落書きをしている最中、「そういえばトイレットペーパーが切れていたな」とか「○○さんに連絡しなくちゃ」とか、いろいろなことが連鎖的に浮かんでくるわけです。

 でも、ここでその雑念を遮ってはいけないんですね。湧き出るにまかせて、2時間くらい出しっぱなしにしておく。そうすると次第に頭の中がすっからかんになって、ついには雑念が出なくなる瞬間が来ます。その時です、見えない壁の向こう側にドーンと入っていくような感覚になるのは。私はそれを「壁一枚超える」と呼んでいるのです。

――雑念を止めず、出しきることが大切なんですね。その壁を超えると、どんなことが起こるのですか?

 壁の向こう側には雑念が一切ないので、無理に漫画のアイディアを考えなくても映像で浮かんできます。サーッと物語の世界に入っていって、『ガラスの仮面』なら月影千草が勝手にセリフを喋り、北島マヤがそれを受けて動く。そのあたりまでいけばもう安心です。ウエイターさんが話しかけてきても、対応はするものの上の空(笑)。現実世界に邪魔されることは一切ありません。

 だからお腹も空かないし、トイレに行こうとも思わないし、寝たいとも思わない。直前まで腰が痛い、腕が痛い、肩が凝ったなどと言っていても、全然気にならなくなります。たぶん頭の中からドーパミンが大量に出て、そういうことを感じなくさせているんでしょうね。

――すごい集中力ですね! また、漫画を描くうえでセリフに困ったことは無いとも書かれていました。

 本当のことを言うと、その壁一枚を超えるまでが大変なんです。気がかりなことや心配事があると、なかなか壁まで行きつけません。そういう状態までいけば、もうセリフに困ることはありませんね。キャラクターが勝手に喋ってくれますから。なかでも『ガラスの仮面』の黒沼龍三は、喋り過ぎて大変なんです。でも、途中でメモするのをやめると流れが止まってしまうから、喋らせるだけ喋らせて、私は記録係に徹しています。残念ながら漫画の本筋とは関係のない内容なので、最後に「ここからここまで全部カット」と削除。(笑)

『ガラスの仮面』最終回の内容は30年前に決めています

――『ガラスの仮面』は40年以上続いている大長編漫画です。読者はどんな結末になるのか楽しみにしていますが、終わり方はすでに決まっているのでしょうか?

 頭の中ではもう結論は出ていますし、最終回の内容やページ構成、主人公がどんなことを喋るかも30年くらい前からすべて決まっています。ただ、なかなかそこに行きつかないんですよ(笑)。例えば東京から新幹線に乗って、終点の博多まで行くとするじゃないですか。そうすると静岡の辺りで富士山の噴火が始まったとか、米原の辺りで大雪が降って動きませんとか。そうやって今は、あちこちで止まったり、脱線したりしているような状態です。……などと言っている間に、今度は博多から鹿児島の方まで線路が伸びている(笑)。道のりは長いですね。

――ここまで長くなると、最初から予想はされていましたか?

 いえいえ、1年か2年で終わると思っていました。けれど演劇を題材に選んで作中劇を描いたら、それだけで何カ月もかかってしまって。特に主人公のマヤとライバルの姫川亜弓が役を競い合う「紅天女」の章になってから、停滞がひどくなりましたね。私の中で「紅天女って何?」という思いがどんどん膨らんで、「精霊の女神にしたのはいいけれど、女神は何考えとんねん?」と頭を抱える日々が続きました。

「これ、紅天女じゃないですか!?」

――その紅天女には、非常に神秘的なエピソードがあるそうですね。

 そうなんです。『見えない力』にも書きましたが、悩みながら悶々とするも紅天女の姿がどうしても思い浮かばず、デッサンをしても絵が決まらない。そうこうするうちに阪神大震災が起きて、微力ながら私も復興にご協力させていただくことになりました。

 ある日、神戸の灘にある酒屋さんと紅天女のお酒を造ることが決まり、蔵元の奥様が私のもとにお見えになりました。その際、奥様が「昨日、以前庭にあった梅の古木の写真が出てきまして……」と、セピア色の古い写真を見せてくださったんです。そこに写っていた古木は、観音様の像にしか見えない形をしていたのですが、そのシルエットを見た瞬間に「これ、紅天女じゃないですか!?」と叫んでしまいました。

 実は、蔵元のご夫妻にお会いする直前「紅天女のこと明かす。今日来る人たちは神の使いだと思いなさい」という心の声というか、メッセージがあったんですね。その時は何のことかわからなかったのですが、写真を見た時に「なるほど、このことか!」と。それでようやく紅天女の形が決まったんです。

マヤと亜弓がめざす「紅天女」のラフスケッチ 梅若 実◉美内すずえ 『美内すずえ対談集 見えない力』(世界文化社刊)より
マヤと亜弓がめざす「紅天女」のラフスケッチ 梅若 実◉美内すずえ 『美内すずえ対談集 見えない力』(世界文化社刊)より

要介護5の夫とともに

――本で紹介されている古木の写真を見ると、まさに紅天女にしか見えませんね。ところで『ガラスの仮面』の連載は、すでに40年以上続いています。ゴールは、いつ頃になりそうですか?

 本当にねえ。私が一番知りたいわ(笑)。だいたい見えてはいるものの、これを言うとまた「嘘つき」と言われてしまうので、あえて言っていないんです。実は主人が倒れて、しばらく原稿が描けなかったんですが、ようやくここへきて介護の体制が整ってきました。だからそろそろ描き始められるかな、と思っています。

――介護について書かれた本のあとがきを拝読して驚きました。ご主人が倒れられたのは、いつ頃のことだったのでしょう?

 約3年前の、夜9時過ぎでした。たまたま行きつけの定食屋さんで倒れたので、そこだけは不幸中の幸いだったと思っています。車の運転中などに意識を失ったら、他の方にも迷惑をかけることになりますから。

 現在、主人は要介護5ですが、最近、半日も介護のお手伝いをしてくださる方が来てくれるようになって、ものすごく助かっています。また、お医者様や鍼灸師さんにも月に何回か来ていただいています。

 一時は、毎日のように何人もの介護や医療関係の方の出入りがあり、一日3回の洗濯や食事、ひっきりなしの痰出しなど、ちょっとヨレヨレになりましたが、今はだいぶ慣れましたし、なにより介護のお手伝いさんがいてくださるので、自分の時間が持てるようになったのがありがたいです。主人には23分間もの心肺停止があったため、脳神経がダメージを受けたらしく、目を開けたいと思っても目が開かないといった感じで、意識と動きの神経がうまくつながっていないんです。さぞかし本人はしんどいと思います。

 昨年の春に、倒れてはじめて私の名前を呼んでくれたのは嬉しかったですね。つい最近も2度目の名前呼びがあって。少し立てたり、笑ってくれるだけで嬉しいし、ちょっと幸せ。倒れるまでは、こんな些細なことに幸せを感じるなんて思わなかったですね。

 その前にも山梨県で経営していたレストランが火事になるなど、彼の人生は実にドラマチック。テレビのニュースで自分の店が燃えている映像を観るなんて経験、普通の人はめったにしませんよね。しかも、店が炎上しているカラー写真がドーンと一面トップで出ている山梨日日新聞のページをめくると、後ろのほうの文化欄に「ガラスの仮面のアニメ始まる」という記事が出ていたり。夫婦で同じ新聞に載るなんて、こんな偶然があるのかと驚きました。主人といると、否が応でも人生がドラマチックになります。(笑)

『ガラスの仮面』の50巻を描こうと思っています

――先生も、くれぐれもご無理をなさいませんように……。では最後に、2019年のご予定、抱負をお聞かせください。

 2020年の1月10日から15日まで、渋谷のオーチャードホールでオペラ『紅天女』が上演されます。それに向けて今、オペラ用に台本を書き直しているところなので、それを春までに書き上げるのがひとつ。

 あとは皆さんを長いことお待たせしている、『ガラスの仮面』の50巻を描こうと思っています。それと並行して、これは今年中に執筆できるかどうかわからないんですが『アマテラス』の続編にも着手するつもりです。ぜひ楽しみにお待ちください。