サンキュータツオ(学者芸人)
- 三省堂 現代新国語辞典 第六版(小野正弘主幹、三省堂・3024円)
- 止めたバットでツーベース 村瀬秀信野球短編自選集(村瀬秀信著、双葉社・1620円)
- それいけ避難小屋(橋尾歌子著、山と渓谷社・1728円)
①辞典界の技術革新は目を見張るが、大人向けの辞典や大型辞典にも掲載されていない新語の採用、用例やコラムなども充実していて大人でも知らないことがたくさん。高校教科書密着型辞典を謳ってはいるが、小型国語辞典の傑作。
②野球に関する随想集。選手ではなく野球とともにある「人」の悲喜こもごもが綴られていて、著者の人間洞察力と、思い入れが遺憾なく発揮された一冊。読んでて涙出てくるんですわ自然と。
③紀行エッセー。日本全国の「避難小屋」(いわゆる山小屋ではなく避難用の無人の小屋)を自身の体験をベースにまとめたもの。全51軒、すべて手書きのイラストで間取りまで展開されており、写真は一枚も使用していないという試みに度肝を抜かれた。
出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)
- 革命 仏大統領マクロンの思想と政策(エマニュエル・マクロン著、山本知子・松永りえ訳、ポプラ社・2916円)
- 陰謀の日本中世史(呉座勇一著、角川新書・950円)
- 中央銀行 セントラルバンカーの経験した39年(白川方明著、東洋経済新報社・4860円)
①は全ての常識を根底から疑い自分の頭で原点から考え直すという人間にとって最も大切な営為のお手本のような本だ。マクロンの政治家としての手腕は未知数だが、世界を自分の言葉で整合的に再構成する思考力にはほれぼれする。
ちまたには陰謀論やフェイクニュースがあふれている。専門家が正しい情報を発信しないことも一因だ。②は誰かが猫の首に鈴をつけなければという思いから本能寺の変の黒幕説に代表される歴史の安易な物語化を一刀両断した快作だ。
世界の指導者は回顧録を残す。それは一つの時代を時間の審判に委ねることによって歴史を豊穣にする。③は最近まれに見る精緻な回顧録で後世の評価が楽しみだ。他の指導者もこれに続いて欲しい。
寺尾紗穂(音楽家・文筆家)
- もう「ゴミの島」と言わせない 豊島産廃不法投棄、終わりなき闘い(石井亨著、藤原書店・3240円)
- マーシャル、父の戦場 ある日本兵の日記をめぐる歴史実践(大川史織編、みずき書林・2592円)
- みな、やっとの思いで坂をのぼる 水俣病患者相談のいま(永野三智著、ころから・1944円)
書評委員を務めるなかで出会えてうれしかった一冊は①。「渦中の人々が、大局的に物事を見極め理解することは並大抵のことではない」、運動を引っ張った著者の実感と奮闘は、さまざまな現場で未来の方向に舵を切ろうとあがく者の支えとなるのではないか。
②はウォッチェ環礁で餓死した日本兵の克明な日記をもとに編まれた一冊。多くの兵士が帰国する民間人に手紙を託したが、それも海に沈んだり、捕虜となれば捨てざるを得ないなど遺族に届かないものも多かった。死者の日記が遺族の元に届く、その奇跡を前に、いくつもの届かなかった声を想起する。③は新たに胎児性患者の症状が四十代にも出始めている水俣の今を静かに伝える。深い洞察と誠実さに救われた。
都甲幸治(早稲田大学教授)
- ハレルヤ(保坂和志著、新潮社・1620円)
- はじめての沖縄(岸政彦著、新曜社・1404円)
- 市場のことば、本の声(宇田智子著、晶文社・1728円)
今年読んだ小説で驚いたのは①だ。猫に学んで書かれた文章は同時に多方向に広がっていき、読む者の予測を許さない。しかもそこに立ち現れるのは、亡くなった猫たちの魂だ。静かで先鋭的な記述が素晴らしい。②で印象的なのは、タクシーの運転手さんが不意に紙ナプキンで作ってくれたバレリーナの写真だ。どうして沖縄の人たちは、人にこんなに親切にできるのか。そこに岸は、お上に頼れなかった自治の歴史を読み取る。彼の繊細な視線がいい。③で、那覇の市場で古書店を始めた著者は、時計が示すものとは違った、ゆったりとした時間の流れに気づく。ちゃんと一人一人のお客さんの目を見て本を手渡すうちに、これこそが書店の仕事だと思う。とにかく文章が美しい。
西崎文子(東京大学教授)
- 屈服しない人々(ツヴェタン・トドロフ著、小野潮訳、新評論・2916円)
- 法と力 戦間期国際秩序思想の系譜(西平等著、名古屋大学出版会・6912円)
- 移民国家アメリカの歴史(貴堂嘉之著、岩波新書・907円)
急転する社会状況への反動からか、長期的視点に立った本に惹かれる。書評できなかったもの3点。
①は、思想家トドロフ最晩年の作品。ホロコーストの犠牲者エティ・ヒレスムからスノーデンまで、非暴力的な不服従を選ぶ人々への賛歌である。「道徳的行動はそれをなす人間の意図によって評価される」
②戦間期の国際法学に対する批判的考察の中から、いかにしてE・H・カーやモーゲンソーなどの国際政治学的思考が生まれたかを探る重厚な作品。①が道義的羅針盤であるとすれば②は思索の羅針盤ともいえる。
③アジア系を中心に、グローバル・ヒストリーの中での移民国家アメリカの成り立ちを語る本。人種主義による「壁」こそが、彼らの現実だったことを伝える。