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朝日新聞書評委員の「今年の3点」③ 野矢茂樹さん、長谷川眞理子さん、保阪正康さん、間宮陽介さん、宮田珠己さん

野矢茂樹(立正大学教授)

  1. 私は自由なのかもしれない(斎藤慶典著、慶応義塾大学出版会・3024円)
  2. 世界の独在論的存在構造 哲学探究2(永井均著、春秋社・2160円)
  3. 本居宣長(熊野純彦著、作品社・9504円)

 書評を担当していると、そうでなければ読まなかった本に出会える。それがなにより楽しい。しかし、逆に専門の哲学書がおろそかになるという困ったことにもなる。3冊は、そんな懺悔の気持ちで取り上げた。①この本は、私がいま関心をもっている自由論であるから、いつかきっと読もうと思っている。②永井均さんの本を書評すると「的外れ」とか罵倒されそうで近寄れなかった。でも、永井さんの哲学の歩みには関心がある。③熊野さんは、レヴィナス、ヘーゲル、カント、和辻、ハイデガー、ベルクソン、マルクスなど、なんでこんなにも軽々と理解できちゃうのだろうと、今までも驚かされてきたのだが、今回の本居宣長には心底驚いた。この人の頭の中はいったいどうなってるんだ。

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長谷川眞理子(総合研究大学院大学学長)

  1. AI原論 神の支配と人間の自由(西垣通著、講談社選書メチエ・1620円)
  2. 心の進化を解明する バクテリアからバッハへ(ダニエル・C・デネット著、木島泰三訳、青土社・4536円)
  3. 核は暴走する アメリカ核開発と安全性をめぐる闘い(上・下)(エリック・シュローサー著、布施由紀子訳、河出書房新社・各4212円)

 書評しなかった本をご紹介したい。①は基礎情報学の専門家が、AI(人工知能)について基本から論じた力作。技術的な議論にとどまらず、AIと人間をめぐる哲学的な議論がしっかりと展開されている。②は進化生物学をきちんと理解している哲学者が、意識、自意識がどこから生まれたかを論じた好著。③はアメリカが核兵器を持つということが、1940年代以来、アメリカにどんな事態を強いてきたかの歴史だ。核兵器の性能がよくなり、莫大な破壊力を持つほど、何が起こったか。確実に爆発させることと、確実に事故を防ぐこと。この二つをどのように実現するか。核兵器を持つことでアメリカはここまで犠牲を払い、恩恵も受けた。その強靱さは認識するべきだ。

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保阪正康(ノンフィクション作家)

  1. 兵士というもの(ゼンケ・ナイツェル、ハラルト・ヴェルツァー著、小野寺拓也訳、みすず書房・6264円)
  2. 蠅たちの隠された生活(エリカ・マカリスター著、桝永一宏監修、鴨志田恵訳、エクスナレッジ・1944円)
  3. 日本を愛した人類学者(田中一彦著、忘羊社・2376円)

 読んで知的な刺激を受けた書を挙げておきたい。
 ドイツ兵の捕虜収容所に、アメリカ、イギリスは密かに隠しマイクを据えた。ドイツ兵は仲間内でどんな会話を交わしたか、の記録をまとめたのが①で、戦時行為の非人間的な内容に驚かされる。殺害がゲームになっていくプロセスに救いのない退廃がある。
 ②は、常識を一変させた書だ。チンギス・ハーンの軍隊が、大量の蛆虫を連れて進軍を続けた。負傷兵の傷口を蛆に食べさせるといったエピソードなどが次々に紹介される。著者の研究心に奇妙な感動を覚える。
 ③1935年から1年間、熊本の農村に住んだジョン・エンブリーとエラ夫妻は、日本の農村調査の先駆け。知られざる人物を歴史の中に定着させた貴重な書だ。

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間宮陽介(青山学院大学特任教授)

  1. 憲法9条へのカタバシス(木庭顕著、みすず書房・4968円)
  2. 丸山眞男集 別集 第四巻 正統と異端 一(東京女子大学丸山眞男文庫編、岩波書店・4536円)
  3. 中央銀行 セントラルバンカーの経験した39年(白川方明著、東洋経済新報社・4860円)

 ①は読みやすい本ではないが、繰り返し読むと、揺るぎない思考の骨格が姿を現してくる。9条2項を厳格に解釈しようとすれば、著者のように考えざるを得ないのではないか。
 ②は、著作には表れない丸山の思索の現場を垣間見させてくれる。いまさらながら驚くのは、彼の思索を貫く批判精神とパッションであり、「正統と異端」をめぐる議論は、国体という「古層」が再び隆起している今日、多くの示唆を与える。
 ③は中央銀行家の目を通した日本経済論。通貨政策をデフレや不況に対する万能薬と見る人には、本書は中央銀行の原理原則に拘泥しすぎているように思えるだろう。だが原理原則を忘れた便宜主義は無謀である。著者が説くのは原理と便宜の兼ね合いなのである。

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宮田珠己(エッセイスト)

  1. ほぼ命がけサメ図鑑(沼口麻子著、講談社・1944円)
  2. 深夜航路 午前0時からはじまる船旅 (清水浩史著、草思社・1728円)
  3. たのしい路線図(井上マサキ・西村まさゆき著、グラフィック社・1728円)

 お正月に楽しい本を。①400年も生きるサメ、発光し捕食者の目をくらまして逃げるサメ、体を傾けて泳ぐサメ。一口にサメと言ってもいろいろいる。サメに興味はなかったのに、読むうちに引き込まれた。好きな対象を徹底的に追いかける著者のまっすぐさが楽しい。②0時を過ぎて出航する深夜の定期船を乗り倒す。寝台列車が次々に姿を消していく一方で夜行の船はまだまだ健在。そうか、その手があったかとワクワクした紀行本。夜の移動は楽しい。③これほどたくさんの路線図を一気に見られるだけで眼福。ローカル線の聞いたこともない駅名を知るのも楽しいし、しばらく行かない間に延伸している路線を発見するのも楽しい。これからは乗り鉄、撮り鉄を超えた路線図鉄がブーム?

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