2018年のホラー小説界隈は近年まれに見る活況を呈したように思う。理由としては、実力ある新鋭作家が相次いで登場してきたこと、ホラーに理解ある版元が徐々に増えてきたこと、ゲームやコミックの影響でホラー系の娯楽をカジュアルに捉える若い世代が育ってきたこと、などがあげられるだろう。この波を平成以降にも、ぜひ繋げてゆきたいものである。
さて、2018年のホラー界隈のトピックをふり返るなら、まずは幻想文学の復権・復活があげられよう。今年は「ホラー」「ファンタジー」ではなく、あえて古風に「幻想文学」と呼ぶのがふさわしい、硬質で文体意識に満ちた小説が多数刊行されている。
その筆頭が山尾悠子『飛ぶ孔雀』(文藝春秋)である。火が燃えにくくなった世界を舞台にしたこの長編は、伝説の作家8年ぶりの新刊ということもあって大きな話題を呼び、各種メディアに取り上げられた。山尾は同作で第46回泉鏡花文学賞を受賞。思い返してみると今年は『飛ぶ孔雀』とともにあった一年、という気がする。
評論家としても活躍する高原英理30年の軌跡を収めた『エイリア綺譚集』(国書刊行会)、特異な言語感覚を生かした円城塔『文字渦』(新潮社)、夢の中の手触りに似た大濱普美子の短編集『十四番線上のハレルヤ』(国書刊行会)など優れた作品が出ている。倉数茂『名もなき王国』(ポプラ社)はミステリやSFの手法を織り交ぜつつ、重層的な語りで彼方への扉を開く幻想巨編。皆川博子『夜のリフレーン』(KADOKAWA)は単行本未収録の短編をまとめたレアな一冊で、言葉の力によって異界を招き寄せる「幻想文学の女王」の凄みに、あらためて触れることができる。
芦沢央『火のないところに煙は』(新潮社)は、著者自身が怪談の聞き手や体験者となる、というフェイク・ドキュメント的連作ホラー集。実話のリアリティを押さえた恐怖表現と、全体の巧みな構成に舌を巻く。現実社会がより混沌としてきたからか、フェイクの手法は長江俊和『出版禁止 死刑囚の歌』(新潮社)、前川裕『真犯人の貌 川口事件調査報告書』(光文社)などの犯罪ミステリでも好んで用いられた。
>「出版禁止 死刑囚の歌」長江俊和さんのインタビューはこちら
アメリカの怪奇作家H・P・ラヴクラフトの作品に端を発する架空神話大系「クトゥルー神話」。かつてはマニアのものだったこの作品群が、スマホゲームやネット動画の影響によってポピュラリティを獲得している。森瀬繚訳の『クトゥルーの呼び声』(星海社)は、そのラヴクラフトの作品を新しい訳文で紹介する「新訳クトゥルー神話コレクション」の第1巻。今年3巻まで出たこのコレクションは、これからクトゥルー神話に触れてみたいというビギナーにはぴったりだろう。東雅夫『クトゥルー神話大事典』(新紀元社)は、ラヴクラフトの略伝なども収める最上の副読本。実作では22年の時を経てついに完結した菊地秀行のクトゥルー伝奇アクション『美凶神 YIG』(創土社)をあげておこう。
瀬名秀明、岩井志麻子などのベストセラー作家が輩出した日本ホラー小説大賞が、今年25年の歴史に幕を下ろした。来年以降は横溝正史ミステリ大賞と統合され、「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」として新たなスタートを切るという。その最終回となる第25回は、秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』、福士俊哉『黒いピラミッド』(ともにKADOKAWA)の2作が大賞を同時受賞した。前者は繊細なタッチの青春ホラー、後者はハリウッド映画を思わせるエンタメホラーと好対照ながら、ともに2作目が楽しみな逸材である。
歴代のホラー大賞出身作家もめざましい活躍を見せている。世界の終わりを扱った恒川光太郎『滅びの園』(KADOKAWA)、バイオレンスと南国幻想が交錯する飴村行『粘膜探偵』(角川ホラー文庫)、ドライブ感のある語りが冴える名梁和泉の温泉地奇譚『噴煙姉妹』(KADOKAWA)、都市伝説+残酷ホラーで気を吐いた最東対地『怨霊診断』(光文社)など多士済々だ。
ここ数年デビューしたホラー大賞作家で頭ひとつ抜けているのが、『ぼぎわんが、来る』(KADOKAWA)の澤村伊智だ。同作が『来る』のタイトルで映画化され、原作の文庫版もヒット。今年刊行された新作『などらきの首』(角川ホラー文庫)は、著者の方法論が詰まった充実のホラー短編集である。
従来から人気の中堅・ベテラン作家勢も順調。新章に突入した宮部みゆきの百物語シリーズ『あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続』、怪談実話の手法を逆手にとった京極夏彦『虚談』、江戸川乱歩ワールドにホラーとミステリで迫った三津田信三『犯罪乱歩幻想』、喪失感と救いに満ちた山白朝子の短編集『私の頭が正常であったなら』(以上KADOKAWA)、混乱の室町時代を背景に描く朝松健の伝奇時代ホラー『朽木の花 新編・東山殿御庭』(アトリエサード)あたりは特に要注目である。
海外作品に目を転じると、古典作品の邦訳紹介に恵まれた一年だった。特にアトリエサードの「ナイトランド叢書」からはM・P・シール『紫の雲』、エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』、アルジャーノン・ブラックウッド『いにしえの魔術』(いずれもアトリエサード)と、海外ホラー史上の重要作が続々と刊行され、ファンを驚喜させたものだ。ふたつの名で活躍した神秘の作家、マクラウドの全貌を初めて伝える『夢のウラド F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集』(国書刊行会)も貴重な作品。現代作品ではスティーヴン・キングらしい哀愁と恐怖に溢れた『任務の終わり』(文藝春秋)、退廃的な現代ゴシック小説集のマリアーナ・エンリケス『わたしたちが火の中で失くしたもの』(河出書房新社)あたりが心に響いた。
最後にちょっと寂しいニュースを。平成後半の怪談ブームを支えてきた怪談専門誌『幽』(KADOKAWA)が30号をもって終刊を迎えた。私も創刊号から関わってきた雑誌だけに、目下帰る家を失ってしまったような喪失感を覚えているところである。しかし『幽』が播いてきた怪談文芸の種は、確実に芽吹きつつある。宇佐美まこと『少女たちは夜歩く』(実業之日本社)、篠たまき『人喰観音』(早川書房)、勝山海百合『厨師、怪しい鍋と旅をする』(東京創元社)……と、『幽』出身作家たちが今年刊行した作品を並べてみるだけでも、その成果は一目瞭然だろう。
最終号となった『幽』の特集は、「平成怪談、総括!」。平成30年間の怪談文芸の歩みを一望にできる内容になっていので、関心のある向きはぜひご一読いただきたい。今後『幽』は妖怪専門誌『怪』と合併し、新雑誌にリニューアルする予定。平成以後の新しい文芸ムーブメントが、そこから生まれてくるかもしれない。
朝宮運河選 2018年必読の10冊
- 山尾悠子『飛ぶ孔雀』(文藝春秋)
- 京極夏彦『虚談』(KADOKAWA)
- 名梁和泉『噴煙姉妹』(KADOKAWA)
- 芦沢央『火のないところに煙は』(新潮社)
- 大濱普美子『十四番線上のハレルヤ』(国書刊行会)
- H・P・ラヴクラフト『クトゥルーの呼び声』(星海社)
- エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』(アトリエサード)
- スティーヴン・キング『任務の終わり』(文藝春秋)
- マリアーナ・エンリケス『わたしたちが火の中で失くしたもの』(河出書房新社)
- フィオナ・マクラウド『夢のウラド F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集』(国書刊行会)