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慈愛にあふれる清新な時代小説 池上冬樹さんが薦める文庫3冊

池上冬樹が薦める文庫この新刊!

  1. 『遙かなる城沼』 安住洋子著 小学館文庫 745円
  2. 『えーえんとくちから』 笹井宏之著 ちくま文庫 734円
  3. 『炎の色』(上・下) ピエール・ルメートル著 平岡敦訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 各7999円

 (1)は、館林藩士である村瀬家の長男惣一郎の成長を綴(つづ)る時代小説。惣一郎には秀才の弟と、女には珍しく剣術に冴(さ)えのある妹がいて、自分が凡庸に見えて仕方ないが、「人は良い心がけで成長していく」という父の教えを胸に刻んで真摯(しんし)に生きていく。竹馬の友との友情と離反、淡い恋心、父の病、そして藩を二分する騒動を乗り越えて新たな生き方を模索する。藤沢周平や葉室麟などと比べると厳しさよりも優しさに傾いているきらいがあるけれど、逆に女性作家らしい濃(こま)やかな慈愛にあふれていて清新な印象がある。

 (2)は、2009年26歳で早逝(そうせい)した歌人のベスト歌集。多くの人に親しまれる歌もあるが(「葉桜を愛(め)でゆく母がほんのりと少女を生きるひとときがある」)、多くは比喩を多用したイメージ豊かな歌で(しかもユーモアと抒情〈じょじょう〉に富んでいる)、毎日ひとつの歌を持ち寄って誰かと語りたい気持ちにかられる。それほどとっぴで、シュールで、それでいて優しく心を射抜くような歌がそろっている。どういう意味なのだろうと考えにふけることが愉(たの)しく、認識の一助になる(タイトルは「えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい」からとられている)。もちろんそこにひとつの正解はなく、読んだ人の数だけ正解があり、それでいいと思わせるほど確かな世界の句読点がある。

 (3)は、1930年代前後のフランスを舞台にしたサスペンスで、資産家の女性が奸計(かんけい)により資産も邸宅も失うが、数年後、曲者たちを集めて、自分を裏切り栄華を極めた者たちに復讐(ふくしゅう)していく。波瀾(はらん)万丈の変転劇はぐいぐいと読ませるし、後半はコンゲームの連続で愉しくなる。各ミステリーベストテンを制覇した『その女アレックス』や昨年の翻訳の収穫『監禁面接』にあるような大胆などんでん返しよりもディケンズ的な重厚なロマンに比重をおいた秀作。純文学のゴンクール賞と同時に英国推理作家協会賞を受賞した『天国でまた会おう』の続編だが、物語は独立しているので本書から読んでも全く差し支えない。=朝日新聞2019年1月12日掲載